序 章 馬車に揺られて

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序 章 馬車に揺られて

 1台の馬車が、手入れを忘れられた街道を空しく進んでいる。  街と街を繋ぐ道を侵食している無粋な雑草は、我先にと生い茂り、街道を維持している石畳の領土に亀裂を走らせていた。  かつては多くの旅人や商人達を運んでいたこの道は、実に3か月ぶりに来た馬車を受け入れている。 「今日中には、着けそうですね」  黒いメイド服を着た小麦色の毛を纏った亜人は、ようやく見えてきた瓦礫と化した街の陽炎に目を細めていた。手綱を握る手は緩く、休みなく働いてきた体にとって、馬車の規則的な揺れは、疲労と安堵が体を奪い合っている。 ―――あの日から3か月。  カデリア王国とウィンフォス王国との戦争は、ウィンフォス王国の勝利に終わった。  カデリア王国から仕掛けた戦争によって、ウィンフォス王国の王都は2度の防衛戦によって壊滅的な被害を受け、さらに停戦に赴いたウィンフォス王国の第11代国王が毒殺されるという未曽有の危機的な状況においての逆転劇。その報を聞いた王都の国民達は、苦しい生活の中であっても、大いに勝利に酔いしれた。 「コルティ、本当に信用できるの?」  荷台の中で黒髪の女性が水袋の中を飲み干す。薄い鉄と獣の革を合わせた騎士団の軽装鎧、左右の腰には細い剣を下げ、幌の天井よりも遠くを見るように、女性が独り言のように呟いている。 「信用するしかありません………それしかご主人様に繋がる糸はないのですから」
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