<残業>

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<残業>

「社長」 「社長じゃない剛、二人の時は名前で呼べと言っただろう」 「つ、つよしさん。会社でなんてダメです」 就業時間はとっくに過ぎ窓に掛けられたブラインドの隙間からは街を彩る灯りが漏れている。 ただここは15階建てビルの最上階に当たるため漏れ入る光はそれ程多くはない。 「ダメだというその口を塞いでやりたいが、可愛く鳴く声も聞きたいからな」 剛は美也のブラウスリボンをゆっくりと解いていく・・・ ・・・・ 「豊田くん」 名前を呼ばれて脳内トリップから帰還する。 朝、通勤の際電車の中で読んでいたロマンス小説、もちろんわざとシンプルなブックカバーでカモフラージュする事も忘れない。 あまりにも疲れてしまい続きが読みたすぎて、隣に常務がいるのにも関わらず意識が小説の世界に入ってしまっていた。 「失礼しました常務、明日のスケジュールを考えておりました、ご自宅に到着ですね」 車から降りるとドアを押さえて常務が降りるのを待つ。 「遅くまでご苦労だった、このまま車で帰宅しなさい」 「ありがとうございます、お休みなさいませ」 常務の姿が見えなくなると今まで乗っていた車に乗り込むと運転手は何も聞かず黒のクラウンを発進させた。 中堅ではあるが順調に業績を伸ばしているゼネコンISLAND株式会社の常務付き秘書として勤務している。 今日は取締役会が長引いてしまい後少しで22時に差し掛かりそうだ。 常務を自宅に送る日はわたしも恩恵をいただいてこの高級車で家に帰ることができるのだ。 背もたれに体を預けてバックの中からカモフラージュしたロマンス小説を取り出そうとしたが見当たらない。 体をおこしてバッグの中を確認するがやはり入っていなかった。 そこで、ふと思い出す。 出てくるときにロッカーの中でバックが横に傾いていた。あの時、落ちたのかもしれない。 いいところだったからな、読みたい。 「すみません、会社に忘れ物をしたようなので帰社してください。そのあとは、電車で帰りますのでよろしくお願いします」 「かしこまりました」 ゆったり読書とはいかないまでも、電車の中で読みながら帰ろう。
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