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4
一気に言い募った星野に、彼女は目をきょとんと見開き、戸惑っている。あまりの早口に面食らっているのと、内容がいきなり過ぎたのではないかと思われた。
「──お客さま。申し訳ありません。今勤務中ですので、個人的なお約束は出来ません」
最初は戸惑っていたものの、彼女は少ししてから断りの文言を口にした。あくまでも笑顔は絶やさずに、しかしはっきりと。
「ですよねですよね。あの俺仕事が終わるまで待ってても良いですか。迷惑ですか」
「お客さま……」
めげない星野に、彼女も再び困ったような顔をしている。ああこれは脈がない。この微妙な空気をどうにかしなければと、僕が割って入った。
「ごめんなさい、ちょっとこいつ酔ってるのかな? はは、気にしないでください。ほんとごめんなさい」
「いえ……」
曖昧に笑った彼女はそそくさと僕達のテーブルから離れていった。
重苦しい沈黙が襲う。
「やっぱ……駄目か。そうだよないきなり駄目だよな。お前の言う通り、お友達から始めたら良かったんだ。俺って駄目な奴だよな。ああ、さっき買ったこのハンカチはお前にやるよ」
「いやいらんて」
「俺が持ってたところで何の役にも立たないんだあ!」
「おい星野騒ぐな」
困った男だ。
仕方なく僕達は肉を黙々と焼き、なんだか気まずい空気のまま店を出た。
「お前に……やる」
「だから、いらんて」
「お前に持ってて欲しい。俺の気持ちだ」
気持ちと言われても。どんだけ落ち込んでいるんだこの男は。
外へ出れば美しい月夜だった。
「星野。ほら見ろ。綺麗な……月だな」
「まじか」
「まじまじ。見えるだろ」
「じゃねえよ。お前今俺のこと好きって?」
「──ホワイ?」
言われてから確か、「I love you」を「月が綺麗ですね」と夏目漱石が訳したというエピソードを、ふいに思い出す。
「もう俺……お前でもいいかも」
「いやいやちょっと待て。そういう意味じゃ……」
「俺と付き合ってくれ。考えてみたら、お前が一番気心が知れてるし、俺のことよくわかってる。こんなに良い恋人他にいるだろうかいやいない」
「待てまてマテ」
──馬鹿みたいな話だけど、これが僕達の馴れ初めだ。こんなきっかけだったけど、152番目の恋はなんとか幸せにやっている。
人生何が起こるか、わからない。
終
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