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3 母親の存在比
「なあかすみ」紙から顔を上げ、娘と正面から相対する。「ママは――」
続けられなかった。言下に否定するには娘の瞳に宿った期待が強すぎたのだ。
「会えるんでしょパパ。ねえそうなんでしょ」
宇宙は広い。途方もなく広い。宇宙空間が絶対零度近くまで冷え込むのもそれが理由だし、妻が生き返らないのもそうだ。
物質は一度散逸したら二度と戻らない。けれども待ってほしい。地球は閉鎖系である。水素やヘリウムなどの軽元素ならいざ知らず、動物の主要な構成要素である炭素は重いので、そう簡単に地球外へ脱出したりはしない。炭素は地球内で循環しているのだ。
「ママはどこにいるの。ねえったら」
人体に含まれる炭素量=18% ……③
妻の生前の体重=52 kg ……④
③、④より 52×0.18=9.36 kg ……⑤
地球上の炭素量=750,000,000,000トン ……⑥
⑤、⑥より 地球と妻の炭素比 0.0000000000000133 ……⑦
これは限りなく小さな存在比である。しかし――。
「ママに会いたいよう」娘はついにぐずり出した。「ママに会いたい」
世界人口(2020年現在) 7,700,000,000人 ……⑧
⑦×⑧≒0.00010241 0.00010241人という単位は存在しないので、端数を切り上げて整数に直すと 1人
上記の計算結果は世界のどこかにかつて妻を構成していた炭素を取り込んだ人間が、少なくとも一人はいるという意味になる。
目頭が熱くなった。娘の肩に手を置いてやり、優しく語りかける。「かすみ、ママは生まれ変わってるよ。広い世界のどこかにね」
「ほんと? じゃああたし、大きくなったら旅行にいって、ママに会いにいこうっと」
すっかり元気を取り戻した娘と手をつなぎ、われわれ親子は山を下りた。
「ねえパパ、パパも一緒にママを探そうね。約束だよ」
「約束する」わたしは悟られないよう涙を拭い、指切りをした。「約束するよ、かすみ」
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