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謝りたくて
ザワつく教室で教壇に立って注意出来ずに困り顔でボソボソと説明しながら授業をする鈴木を想像する。
矢野はフッと笑った。
「まぁイメージ通りだわ」
『で、何仕掛けちゃうわけ?面白そうだから俺も1口噛ませろよ』
「面白がるなよ……」
『まぁあのオッサン、具合は良かったけど所詮"オッサン"じゃん?"女"の方が良くね?おっぱいねぇし、余計なもん付いてるしさぁ。オヤジ……だぜ?』
「馬鹿にすんなら切る」
『……怒んなよ。あんなとこに引っ越すとかさぁ、正気じゃねぇとは思ってたけど。お前マジ?』
「マージ」
『ははっ。ケツ覚えたらハマるっていうけどさ。まぁ"友情価格"で協力すっからさぁ?何でも言えよ』
電話の向こうで男はそう言った。
「先公かぁ……。先公なら反省してます的に誠実なフリしてりゃあ、もしかしたらラスイチいけんじゃね?」
矢野は鈴木の"先生"という職業柄、一度は許すとふんだ。
____________
あの日以来、鈴木は矢野からも特に何も無く間宮との幸せで落ち着いた日々を送っていた。
鈴木は今日も仕事帰りスーパーへ立ち寄ると必要な食材を購入し、自動ドアから出て来る。
今日のメニューは餃子と回鍋肉。
美味そうに食べる間宮を想像しながらフフフと笑う。
「鈴木さん」
誰かにそう声を掛けられ、振り返ると矢野だった。
矢野を見て心臓がバクバク音を立て、鈴木の顔は一気に暗くなり逃げるようにその前を通り過ぎるとその後を矢野が付いてくる。
早歩きで何度も振り返りながらアパートの辺りまで来ると矢野に腕を掴まれた。
「は……離してくれ」
「鈴木さん、あの時は……すみませんでした」
矢野の言葉に"え?"という顔をする。
「酷い事をしたと反省していました。本当にすみませんでした」
「……」
「ずっと謝りたくて……」
矢野は手を離し、頭を下げる。
「……もういいよ。分かってもらえたらそれで」
「同じアパートですし、このまま気まずくなるのもって思って……」
矢野は頭を掻き掻き、もう一度頭を下げた。
鈴木はそんな矢野にホッとして「もう気にしていないから矢野くんももう気にしないでね?」と言い、カネの階段を上がっていく。
鈴木が廊下を歩きながら上からもう一度矢野を見下ろすと矢野がニッコリと笑っている。
そんな矢野に会釈をして部屋の中に入って行った。
「ま、とりあえず警戒態勢を解くとこからかな?オッサンが"もう大丈夫"って思うまでの我慢だ」
意外な自分の態度に対して少し戸惑うように眉を八の字にする鈴木を思い出し、ニヤリと笑う。
「早くオッサンの中に入れてぇなぁ」
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