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僕とは違う日に焼けた小麦色の肌。 じゃんけんで負けて鬼になった君。 集まった皆が君を囲んで歌いだす。 かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ? 皆の歌が止むのを目隠しをしてしゃがんで待つ君。 何時も僕が後ろの正面になりたくて態と歩調を崩した。 僕は君に気付いてもらいたかったんだ。 だから・・・ しゃがんだ君が誰かの名を呼ぶ前にその肩に手を置いた。 in the cage 僕の病気は先天性白皮症だ。 アルビノと言えば分かってもらえるだろうか? メラニンの生合成に支障をきたす遺伝子疾患で、生まれつき肌の色は透き通るように白く、髪や体毛も白かった。 成人した今では・・・瞳の色までも変わってしまった。 小さい頃は僅かばかりだが脈絡膜に少量のメラニンが存在してたおかげで、熟れた葡萄のようだった瞳の色も十歳を過ぎた頃、完全にそれも消滅してしまったのか淡紅色になってしまった。 ただ・・・今では便利な世の中になって、カラーコンタクトを使用すれば他人に違和感を持たれること無く外出も可能だ。 だが・・・あの日・・・父の逆鱗に触れてしまったあの日から、通院で外に出る事すら禁じられてしまった僕の存在を知る人間は、今では父が雇った家政婦と、月に一度訪問する医師だけ。 『紫外線に弱い肌や眼を守る為なの』 そんな言葉・・・何も知らない小さい頃なら騙されもするだろうが、僕はもう二十歳を過ぎている。 それでも、そんな馬鹿げた子供騙しにしても酷過ぎる言付を守っているのは・・・否、守らされてるのは父の職業の性だった。 父は東大出の所謂キャリア組で、僕が生まれた頃は政治家として地盤を固めるのに、今現在は政治家として内閣入閣を目指す大切な時なのだそうだ。 PCや携帯が普及したネット社会になった現代なら・・・この病気が遺伝的な物でなく突然変異で生れ、他人に害を成す事等決してなく・・・肌や髪の色が白く、瞳の色が違うだけの・・・何ら他の人間と変わりのない・・・この白い肌や髪も、淡紅色の瞳だって個性だと言えるのだろうが、僕が生まれた頃・・・アルビノなんて言葉はまだまだこの日本じゃ知られていなくて。 だから・・・僕みたいな生まれつき奇妙な病を持つ子を鈴木家の嫡男として世間にお披露目は出来ず、僕は・・・戸籍上は死産扱いになっており、健康体で生れてきた弟が事実上、鈴木家の嫡男となっている。 確かな情報が求めても容易く得られなかった時代に生まれた僕。 時代が悪かったのか? それとも・・・。 否、考えるだけ無駄だ。 僕のこの肌や髪、瞳の色を考えれば・・・両親が取った選択も責める事は出来ない。 代々、政治家の家に生まれた父。 それを支える為に鈴木家に嫁いできた母。 仕方が・・・無かったんだ。 生まれた時から、生きていてもそこに存在しない扱いの僕。 そんな僕に自由等存在する筈もなく、金を積まれた遠い親戚が僕を引き取り育ててくれた。 『紫外線に弱い肌や眼を守る為なの』 そう言って僕を家の中に閉じ込めて。 月に一度の通院日だけが・・・唯一、僕が家の外に出られる日だった。 まだ小さかった頃は白い髪を隠す為に帽子を被らされ、夏の暑い日でも長袖に長ズボン、首にはタオルを巻かれ、手袋をつけた小さな手をしっかりとおばさんに握られて通院していたが、手を握られなくてもひとりで歩けるようになった頃には『暑い!』と我儘を言い帽子を勝手に脱いでしまう僕の髪は・・・黒く染められるようになった。 それもあってか・・・それとも何年も一緒に暮らして僕に対して情が湧いたのか・・・雨の日だけでなく、晴れの日も外の世界を窓から眺めるしか出来ない僕を不憫に思ったおばさんが 『夕方・・・日が暮れる前の少しの間だけなら・・・ね』 そう言って、僕の白い肌に特別なクリームを体中に塗って 『遊びに行ってらっしゃい』 ・・・と、僕を家の外へと送り出してくれた。 僕が通院以外で家から初めて外出したのは・・・六歳の時だった。 今でも、その日の事は鮮明に思い出す事が出来る。 夕暮れ時、家の裏手にある神社の境内から聞こえてくる歌声。 『かごめかごめ  籠の中の鳥は  いついつ出会う  夜明けの晩に  鶴と亀が滑った  後ろの正面だぁれ?』 僕はその声に誘われるように、真っ赤に染まる空を背にして幾つも連なる赤い鳥居を潜り抜ける。 僕と同じ歳くらいの女の子や男の子たちに囲まれ、その輪の中で目を隠してしゃがんでる男の子。 歌が終わるとその男の子は誰かの名前を呼んでから振り返る。 けれど・・・その名は違うみたいで。 『ちぇっ!』 悔しそうに舌打ちしたその男の子が僕を見つけてくれた。 そして『一緒に遊ぼうよ!』と僕をその輪の中に呼んでくれて。 僕は初めて同じ歳頃の子達と手を取り歌った。 『かごめかごめ  籠の中の鳥は  いついつ出会う  夜明けの晩に  鶴と亀が滑った  後ろの正面だぁれ?』 歌が終わる頃、僕の目の前には目隠してしゃがんでる・・・さっき僕に声をかけてくれた子の背中があった。 この遊びを知らない僕は・・・ううん、違う・・・僕を遊びに誘ってくれたその男の子に僕だと気付いて欲しくて・・・その子の肩に手を置いた。 『えっと・・・あ!名前なんだったっけ?』 目隠ししたままのその子が訊く。 『翠・・・翠だよ』 答えれば 『翠ちゃん!』 そう言って目隠しを解き、振り返った男の子はとびっきりの笑顔を僕に向けてくれた。 その日から・・・僕はその男の子・・・真也くんと友達になった。 真也くんは僕の肌の色や、少し長めの髪を見て女の子と思ったのか・・・それとも男の子同士では結婚出来ないと知らなかったのか 『オレ、翠ちゃんが好きだ。  大きくなたらオレのおよめさんになってよ!』 神社からの帰り道、僕の後ろを歩きながらその幼い恋心を告白してくれていたっけ。 じゃんけんの弱い真也くんは何時も鬼みたいだったけど、僕の後ろの正面は何時だって真也くんだった。 だから・・・って変かもしれないけど、真也くんだけには僕の本当の姿を知ってもらいたくなって、おばさんに我儘を言って図書館で借りて来てもらった本で覚えた『かごめ』の歌を教えたんだ。 難しい漢字も一生懸命練習して。 髪を少し前から染めないでもらい、何時もは皆が帰る時間に帽子を被って真也くんに会いに行った。 夕日はもう・・・かなり傾いていて、地上に飲み込まれそうになってる中、深夜くんのお姉ちゃんが『真也、帰るよ~!』と呼ぶ声に真也くんは『先に帰ってて!』と声をかけたのを合図に、僕は真也くんの傍に走りより落ちていた枝を手に取りしゃがむと、『翠ちゃん、どうした?』って真也くんも隣にしゃがんでくれた。 僕が覚えた漢字を間違わないように枝で地面に書く。 それを不思議そうに見つめる真也くん。 書き終わった僕は真也くんに遊ぶ時と同じみたいに目隠しをしてしゃがんでもらい、真也くんが読めなかった文字を何時もの旋律に合わせ歌う。 『籠目籠目   加護の中の鳥居は   いついつ出会う   夜明けの番人   つるっと亀が滑った   後ろの少年だあれ?  ホントはね、こうなんだよ?  この歌・・・まるで僕のこと歌ってるみたい』 歌い終わった僕は何時もみたいに真也くんの肩に手を置いた。 被っていた帽子を脱いで。 『ひっ!』 真也くんの唇から声にならない悲鳴が上がった。 そして真也くんの凍てついた表情。 まるで本物の鬼でも見たみたいな顔になって・・・。 肩に置いた僕の手を振り払うと僕の前から逃げ出して行ってしまった。 僕の本当の姿を見て。 僕の淡い期待は脆く崩れ去った瞬間だった。 だって・・・僕は・・・信じてたんだ。 真也くんなら・・・って。 真也くんなら僕の本当の姿を・・・この白い髪を見ても初めて遊んだ時みたいにとびっきりの笑顔を見せてくれ、僕を・・・真也くんの住む世界に受け入れてくれるって・・・。 そう・・・信じてたんだ。 けど・・・実際は違った。 僕はやっぱり異世界の住人だった。 僕に『オレ、翠ちゃんが好きだ』と言ってくれた・・・『大きくなたらオレのおよめさんになってよ!』と言ってくれた真也くんの中でも。 僕の唯一の友達だった真也くんを僕は・・・失ってしまった。 ・・・と同時に、僕を外に出している事を知った父から怒り買ったおばさんの元からも、僕は離れる事になってしまう。 両親が金で雇った人間と共に僕は別の場所に連れて行かれる事になったのだ。 その日から僕はまた・・・家の中の・・・まるで鳥籠に閉じ込められた・・・翼があっても飛び立つ事を許されない鳥みたいに・・・籠の中の住人となった。 僕は真也くんに『さよなら』も言えないまま、夕暮れ時・・・家の裏の神社の境内から聞こえてくる歌声と夕日で赤く染まる空に見送られて、この町から僕の知らない遠い町へと引っ越した。   「さよならか・・・」 呟いてみて、思わず失笑してしまう。 僕の白い髪を見て悲鳴を上げた真也くんに? 僕は何処まで馬鹿なんだろう。 僕の本当の姿を見て、あんな凍てついた表情を僕に向け逃げて行った真也くんに『さよなら』を告げに行った所で、また同じ顔をされて逃げられるだけなのに。 僕は・・・何処まで馬鹿なんだろう。 それでも、もしかしたら・・・真也くんなら・・・と期待してしまう。 僕は何処までも馬鹿で、どれ程真也くんを欲しているのだろう。 唯一の友達だったからか? それとも・・・お嫁さんになって欲しいと言われたから? ううん、違う・・・あ、そうだ・・・嗚呼、そうか・・・そうだね。 真也くんは初めて僕を・・・生まれて直ぐに存在を消された僕を欲してくれたのは真也くんだけだったからだ。 まだ臍の緒で繋がれた母からも忌み嫌われた僕を真也くんは・・・。 だから・・・だからだよ・・・僕はずっと君を・・・真也くんを忘れる事が出来なかったのは。 そんな僕に神様が御褒美をくれたんだろうか? 眠れずにいた僕が何気なくTVを点けた時、一瞬映し出された君の面影を色濃く放った横顔に僕の淡紅色の瞳は画面に釘付けになった。 『こいつとは美大で知り合ったんですよ。  俺が漫画家志望なんだって言っても、こいつだけは美大に来て漫画家志望かよってバカにしなかった。  こいつだけが俺を応援してくれて。  だからけんもほろろにあしらわれても、凹まず出版社に漫画を持ち来めたんです。  こいつが・・・真也がいたから俺は新人賞を受賞出来たし、漫画家にもなれた。  真也は俺にとって一番の理解者であり、応援団長でもあり、大切なアシスタントなんです。  なのにこいつときたら、未だに美大のあるN市で宅配ピザのバイトやってるんですよ?  いい加減、俺の専属アシスタントだけに専念してくれたらって思うんですけど。  なんせこいつ・・・頑固で・・・』 画面下記のテロップに視線を移せば、どうやらこの放送は二年前にS出版社の新人賞を受賞したJ誌で人気連載中の漫画家Aの特集らしい。 だが、そんな事等・・・僕にとっては如何でも良かった。 一瞬映った、僕の記憶の中にある君の面影を色濃く放った横顔と、忘れたくても忘れられなかった君の名。 それに・・・美大があると言うN市。 全てが僕の中で一つになって、僕の淡紅色の瞳が妖しく光る。 そして・・・運命の神は僕に微笑む。 高台にある僕を閉じ込めている家の前の通りを一台のバイクが止まった。 辺りをキョロキョロと見渡していた青年が僕の家の表札を見て、訝し気に首を捻るとまた、バイクに跨り走って行った。 その全てを僕は見逃さなかった。 そして今日・・・週に一度、父の元に僕の報告に出向いて家政婦がいない夕暮れ時を狙い、僕は計画を実行する事に決めた。 例えその計画で僕の何かが壊れようとも構わない。 そしてそれでもし、僕に何かがあったとしても・・・きっと、あの父の事だ、上手く取り計らい、闇の中へ葬ってくれるだろう。 生きてる僕をこの世から抹消したように。 さっき・・・別に食べたくも無いピザを頼んだ。 先日の君の姿を思い出しながら。 その君の残影が、必ず・・・そう、必ず君が配達に来ると僕に確信を持たせてくれたから。 遠くから鳴っていた僅かなエンジン音が近づき、家の前でピタリと止まった。 後、数秒もしたら到着を知らせるベルと共にインターフォンから君の声が聞こえてくるはず。 僕は十数年ぶりに聞く君の声を想像しながら、僕の記憶に残る君の面影を防犯カメラに映し出された君と重ね、僕は妖しく光る淡紅色の瞳を輝かせ、君の為にとびっきりの笑顔を作った。 何故って? 僕は君がどうしても欲しいから。 例え君が・・・ 真也くん、君が僕を見て凍てついた顔をしても・・・ 僕は君をどうしても手に入れたいんだ。 例え君が・・・ 壊れたとしても・・・ ううん・・・ 僕が壊れてしまうとしても。 籠目籠目  加護の中の鳥居は  いついつ出会う  夜明けの番人  つるっと亀が滑った  後ろの少年だあれ? 真也くん・・・ 君の後ろ少年は永遠に僕でいさせてよ。
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