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Just me-you are gone
この世界は、まるで私が一番の悪役かのような日々をくれる。私の世界は、いつもモノクロで、息をするのが苦しかった。お前の居場所は無いと、言われているようだった。
そして今、久しぶりに再会した元彼は、私の前に立ち、こう言った。
「お前さ、なんで騎士になったの…」
私は今、騎士である。
命を懸けて戦い、人々を守る騎士。
1年前までは、ただの中学生だったから、元彼も聞きたいことはあるのだろう。でも、一つだけ言えるのは、私とこの元彼が別れた理由は別にあるということ。私が騎士になったことは全く関係ないのだ。
この1年間、私は遠く離れた街で暮らしていた。騎士として戦うための訓練を積んで、ようやく騎士になったのだ。今、彼と再開したのは、私が騎士になれたから。元いた街に、顔を見せに一時帰宅しているから。別に、彼に会うために帰ってきた訳では無い。家族や友達に会うために帰ってきた。でも、私の中には、彼の存在が残っていた。だから、彼に声をかけられた時は、心臓が破裂してしまうのではないかと思うほど鼓動が早かった。私は、まだ彼を好きなのに別れたのだ。
でもそれは、彼に言われて仕方なく別れたのではない。私が、私自身で終わらせた。
私が、彼に別れを告げた。
きっと誰もが、何を言ってるのか分からないだろう。
きっと誰もが、彼が可哀想だと言うだろう。
その通りだ。私は何も言えない。だからこうなっている。
どれくらいだっただろうか、私達は長い道を歩いていた。もう5年が経っていたか。私達は、5年の月日を過ごした。共に。
幕を閉じたのは、私の誕生日の3日前。
偶然なのか、そうしたかったのか、私にも分からない。分からなかった。
彼の呼びかけに、私は情けない声で答えた。
「…なんでだろう。私にも、わかんないや。」
答えにならない答えを、一つ一つ紡ぐように答えた。久しぶりの彼との会話に、私は追いつくことが出来なかった。彼に話しかけられるのが、久しぶりすぎて、夢のようだった。彼が、私と話すために声を発し、私のことを聞いている。私と話すために歩みを進め、私に答えを求めてる。私と彼だけの瞬間。その感覚が久しぶりすぎて、私は涙を流していた。それは、自分でも止めることが出来なかった。気づけば溢れる涙に、彼が困っているのがわかった。困らせる自分が嫌で、困ってる彼が愛おしくて、私は、また涙を流した。
別れて1年。たった1年は、とても早かった。あっという間に過ぎたこの1年は、辛くて、苦しくて、何度も死にたいと思った。私が辛いのは、私が苦しいのは、別に訓練がキツイからでも、騎士が大変だからでもない。私はたった一つの、たった一つだけの理由で、苦しんでいた。彼が、もう彼氏では無いということ。もう、彼に名前を呼んでもらうことも、彼と遊びに行くことも、手を繋ぐことも、一緒に歩くことも出来ないということ。それだけが、私を苦しめていた。自分で選んだ未来だったのに、これ以上ないほどの後悔をした。人生で初めて、それでいて最大の後悔をした。私はあの時、彼と別れるという選択をしてはいけなかった。あの時、別れずにいたら、今頃私は、笑っていただろうか。今私は、笑ってない。もう何ヶ月も、笑うことをしていない。笑うようなこともないし、笑いたいとも思えなかったし、顔が、笑顔にならなかった。別れて初めて、私自身の彼への想いに気づいた。私は、自分で思っているよりずっと、彼を愛していた。彼を好きだった。彼の存在は、私の生きる理由の中で最も大きく、最も重要だった。だから、生きる理由を失った私は、自分が思っていたよりずっと、苦しかった。辛かった。この日々は、まるで地獄のようで、生きているのが、辛かった。
彼は、私が泣いているのを見て困っていた。どうすればいいのかと悩んでいた。でも、あの頃と違うことに、私はすぐ気づいた。あの頃の心配と、今の困惑は、全く違うものだということに、私は気づいてしまった。
「なんで泣くんだよ。」
その通りだ。
なんで私が泣くのか。今の会話の中に泣くところはあったか。彼はきっと疑問に思っただろう。ああ、自分が嫌になるよ。泣いてはいけないと、分かっていたのに、自分で抑える力を持っていなかった。
私は少し間をあけて、声を殺すようにして彼に言った。
「ごめんね…。…ごめん」
彼に対して出てくる言葉は、ごめんしか無かった。結局、頭の中でどれだけ考えても、どれだけ想いを募らせても、私が彼に言っていい言葉は限られているのだ。彼を傷つけた私が、彼に悲しい思いをさせた私が、また付き合ってとか、まだ好きなんだとか、そんな言葉、言っていいわけがなくて。
言いたい言葉を、募った想いを、殺して。
自分の中に鎮めて。私はごめんと伝えた。
何に対してのごめんかと聞かれると、ありすぎて一つに絞ることが出来ない。それくらい、私は彼を傷つけてきた。付き合ってる頃から、別れた後まで。そんな最低な奴だ。きっと、彼は私と別れて正解だった。
別れてからは、彼とすれ違っても、まるで互いに知らない人かのようだった。逢う前よりも遠くなってしまうのはどうして。きっと、まだ好きになる前の方がずっと、近かった。「え、何が…」
私から出てきたごめんという一言に、彼は疑問符を打った。それは、何に対しての疑問なのか、どういう意味の言葉なのか、私には分からない。でも、私に分かるのはたった一つ。彼の中の私は、もう彼女ではないこと。彼の中の私は、もう会うことのない人。
その疑問符の意味が、何に対してのごめんなのかという意味であると思いたい。そうであって欲しい。これ以上、言わないで欲しい。また、自分勝手になるけどさ、もう私、耐えることが難しいんだ。前みたいに、壊れてしまいそうだから。
「なんでもない……じゃあね」
無理矢理終わらせようとしたその言葉を、きっと彼は好まない。なんでもないという言葉が、彼は好きじゃなかった。別にという言葉が、彼は好きじゃなかった。一方的に終わらせたその会話を、私は終わらせたくなかった。でも、終わらせなきゃいけなかった。これ以上話していたら、私は、また忘れられなくなる。また、一日中彼のことを考えて、頭から離れなくて、何も手につかなくなって、息も出来なくなって、この世界からいなくなってしまう。きっとそうなる。私が終わらせたのは、彼と話すのが嫌だからでは無い。私の為に終わらせた。全部自分の為。だが彼は、私を苦しませる。私を解放してはくれなかった。
「…は、?また、結局何も言わないのかよ」
心の中で、私は何度だって叫んだ。
彼に向かって、「ごめん」と。謝りたいんだ。精一杯の気持ちを込めて、しっかり反省して、彼に謝りたかった。謝ったところで、私の罪は消えないし、何か現実が変わるわけでもないけど、ただ謝りたかった。それだけだったんだ。私を苦しめるのは彼だけど、きっと、彼を苦しめるのは私だ。私が、彼の人生を大きく傷つけた。彼の心を深く削った。本当は、私は助けを求めていいような人間じゃない。今すぐにでも、死んだ方がいいような最低な奴だ。だけど、そんな奴でも、彼は愛してくれたんだ。一度でも、刹那でも。そんな彼が、私は大好きだった。
「俺、そんなに頼りなかった…?」
彼に言わせたくない言葉を言わせた。私は本当に、どこまでも最低だ。こんな言葉、言わせていいわけないのに。頼りないわけない。むしろ、私は頼ってばかりだった。彼に、彼の優しさに、頼りすぎていた。
「…」
何も言えなかった。頼りなくなんてない。そう言いたかった。むしろ頼ってばかりだったよ。そう言いたかった。けど、私はもう、彼にそういうことが出来なかった。きっと、私の中の罪の意識が、私がそう言うのを止めていた。これは偽善に過ぎない。そんなこと、私にだってわかる。こんなことで、彼が喜ぶわけが無い。彼が救われる訳でもない。分かっていた。
「…俺さ、告白されたよ。真子から。」
真子は、私の友達。私と彼との事を、一番知ってる友達。なんでだろう。真子は他に好きな人がいたのに。もうその人のことは好きじゃないのかな。そんなにも簡単に、好きな人が変わってしまったのかな。それとも、初めから彼のことを好きだったのかな。私が付き合っていたから、言えずにいたのかな。
彼は、どうするのかな。付き合うのかな。彼から告げられたその一言に、私は多くの疑問を抱いていた。自分を少しでも傷つけないために、意味の無い疑問を抱いた。もう、彼がどうしようと、私には関係ないことなのに。「へぇ、そうなんだ…」
そんな素っ気ない言葉しか、私からは出てこなかった。頭の中で駆け巡る。もし彼と真子が付き合ったら、どうなるんだろうかと。私に見せたような笑顔を、真子にも見せるのかな。もしかしたら、それよりも輝く笑顔を見せるのかな。手を繋ぐのかな。そういえば、私は、一度も繋いだことないな。キスをするのかな。どんなキスをするんだろう。何処へ行くのかな。二人だけで、並んで歩いて、笑い合うのかな。そんな事ばかりが、私の頭の中で駆け巡る。こんな自分が嫌になる。
「付き合ってもいいかなって思ってる。」
彼から発された言葉は、私を傷つける言葉ばかりだった。私が聞きたくない言葉だらけ。なんで…なんて、聞けるはずもない。でも、気になってしまう。聞いてしまいたい。どうして付き合うの?って。真子のこと、好きなのって。やっぱり私は、嫌な奴だ。自分の元彼と友達が付き合うことを、祝福出来ないなんて。彼の幸せを、祝福出来ないなんて。
「そっか…良かったね」
思ってもない言葉を吐く。飾った自分で声を放つ。良かったねなんて、微塵も心にない。私の心にあるのは、付き合わなければいいのに。ただそれだけだった。
いつからだろう。いつから、私はこんなになってしまったんだろう。昔は、こんなじゃなかったのに。どこかで、私の心は砕けて、元に戻らなくなって。
「…ありがとう。」
粉々になった心の破片を拾い集める私に、彼は微笑みかけた。嬉しそうな顔で、久々に見る笑顔で、ありがとうと、声をかけた。私が聞きたいのは、そんなありがとうじゃない。でも、嬉しかったよ。ありがとうなんて言われたの、久しぶりだったから。彼の笑顔を見るのも、久しぶりだった。前はあんなに見てたその表情が、懐かしくて。いつの間にか思い出になっていたその日々が、今は色を失っていた。昨日の事のように思い出せるのに、それは幸せに見えなかった。
悲しく、寂しい。触れたら消えてしまいそうな、儚い過去だった。
あぁ、もう取り返しがつかないんだ。その事が、深く心に刻まれた。もう後戻り出来ない。幸せだった過去に戻ることも、当たり前のように見えていた二人の未来を描くことも、もう出来ない。また、涙が零れ落ちた。二人の思い出が消えていくように、私の涙は零れ落ちた。落ちた分だけ、また未来が削られていくようで、怖かった。いっそ、このまま此処で死にたいと。このまま未知の世界へ溶けていきたいと、そう思った。
今は、死んでしまうことより、このまま生きていくことの方が、余程怖かった。私の世界から、彼が消えたあの日から。彼を消したあの日から。ずっと、私は私の世界で、死刑を待つ罪人だった。私を見る私の世界の住人たちは、皆人ではなかった。ちゃんとした形を持たない物体だった。でも何故だか、その視線だけは、感じ取ることが出来た。その場にいる全ての人の視線が、私に向けられた全ての視線が、冷たく尖った刃だった。飛んできたその刃につけられた傷は、消えなかった。私は、切り傷にまみれた化け物となった。
そんな化け物にさえも愛をくれた彼は、今、たしかに嬉しそうな笑みを浮かべていたのに、涙を流していた。想像もしてなかったその光景に、私は戸惑いを隠せなかった。どうして彼が涙を流しているのか、私には分からなかった。彼は確かに幸せそうだった。ついさっきまで、ありがとうと、嬉しそうに笑っていたのに。どこか寂しそうで、切ない表情をしていた。一体いつから、彼はこんなにも悲しんでいたのだろうか。
「ねぇ、どうして泣いてるの…?」
私は、こんな言葉しかかけられなかった。
いつもそうだった。彼が苦しんでる時、私は何もできなかった。ただ見てることしか、してこなかった。彼は、あんなにも優しく包み込んでくれたのに。私が困った時は、いつだって優しく助けてくれた。なのに、私は何も出来なかった。今も私は何も変わらず、彼を救うことが出来ない。
彼の涙は、彼の頬を伝い、下へ向かって落ちていった。色もなければ、ただの雫なのに、彼の涙は、とても美しい宝石のように見えた。
「…なんでだと思う?」
泣きながら声を出した彼の言葉は、まるで昔に戻ったかのような言葉だった。昔の私たちがしていたような、懐かしい会話。彼はいつも、私をからかうのが好きで、意地悪な質問をしてきていた。私は、からかわれるのが好きではない人だったけれど、彼にからかわれるのは、嫌な気持ちにならなかった。寧ろ、そのやりとりが愛おしくて、ずっとそうしていたかった。
「えー、わかんないよ…」
結局つまらない答えを返してしまうのが私。昔もそうだった。そして彼は、私の言動に対して、「お前、面白いなっ」と、いつも言っていた。他人に面白いと言われるのは、彼が初めてだったし、それ以降今現在まで、彼以外に言われたことはない。でも、昔はよく面白いと言ってくれていた。自分のことを面白いとは思ったことがないけど、彼が楽しそうに笑ってくれてるのを見るのが、私は大好きだった。彼はいつも面白い話をしてくれる人だった。それは付き合う前からの話で、そもそもが面白い人だった。私が彼を好きになった理由の一つでもある。面白い話をしてくれる彼の存在が、私を救ってくれたから。彼と付き合う前、彼と仲良くなり始めた頃、私は多くの悩みを抱えていた。子供ながらに一人で背負い込んだ悩みは、決して小さなものではなかった。それを親に相談することもできなかったし、話せる友達もいなかった。そんな頃に、私は彼と隣の席になった。まだ話したこともなかったから、私は不安で仕方なかった。でも、彼はそんなこと気にしていないように明るく、元気だった。私は、人見知りなこともあって、なかなかクラスの人と話すことができずにいた。少し避けられていたところもあった。でも、そんな私にも、彼は分け隔てなく接してくれた。彼が話してくれる話はとても面白くて、笑うことがなかった私の日々にも、少しずつ、笑顔が生まれるようになった。学校が嫌いだった私は、彼に会えるという理由で学校に行くのが楽しくなり、悩みを聞いてもらったわけでも、解決したわけでもないのに、私の悩み事は、いつのまにか無くなっていた。それくらい、彼との時間が楽しかった。
「俺…お前に、良かったね…って言われると思ってなかったから、びっくりした」
彼は、自分が真子と付き合うことを知らせたら、きっと私は喜ばないと、そう思ったのだろう。内心、本当に喜んではいない。彼の予想は間違っていない。でも、私は嘘をついた。昔と変わらず、私は嘘だらけ。彼に嘘ばかりついた。そしてまた、嘘をつく。
「いや…本当に、良かったと思ってるよ。付き合うような人ができて、良かったね」
思ってないくせに。
自分でも自分に驚いてしまうほど、なんの突っかかりもなく嘘をつく。よかったなんて思ってないし、彼が誰かと付き合うなんて、想像もしたくなかった。別れてからしばらく、私は復縁を言い出そうかと考えていた。自分が想像していた以上に辛くて、耐えることができなかったから、やっぱり付き合っていたいと思ってしまった。でも、散々考えた後、出した答えは復縁をしないこと。
よく考えてみたら、別れを切り出したのは私なのに、「やっぱり好きだからもう一回付き合って」なんて、自分勝手にも程がある。それはいくらなんでも彼への気持ちがないことに気づいた。私は、最初から最後まで、自分のことしか考えてなかった。彼のことを考えているようで、それは全て自分のことだった。それに気づいたのも、別れる少し前だった。
「先輩、そろそろ時間です…」
仲間の一人に声をかけられ、私は任務中であったことを思い出す。久しぶりの再開で、長話し過ぎてしまった。騎士として、自分の責任は守らないといけない。私がしているのは、遊びではない。たくさんの人々の命を背負っている。私個人のいざこざで、任務を遅らせるわけにはいかなかった。
「うん、待たせてごめんね。すぐ行くから」
私の言葉を合図に、仲間たちは一斉に任務へ出た。きっと、私がどんな気持ちで彼と話しているのか、想像が着いたのだろう。私は良い仲間を持った。私のことを気遣って、先に任務を進めようとしてくれている。これ以上、仲間に迷惑をかけるわけにもいかない。
私は、このままずっと続けていたかった時間を、また、私の手で終わらせた。彼と別れた時のように、自分の手で。
「じゃあね。仕事があるから。」
本日二度目となる、一方的な終わらせ方。つくづく自分が嫌になる。でも、こうでもしないと終われない。私は弱いから。流されやすいから。彼の目を見れない。彼の穢れなき瞳の奥には、私が触れてはいけない彼の心があるようで、直視することが出来なかった。
「…騎士の仕事。」
私に確認するように呟いた彼は、いまだに涙を流したままだった。
「うん。」
私は、彼の問いかけに答えた。きっと、彼が欲しい答えはこれじゃない。彼が聞きたい言葉はこれじゃない。わかっていたけど、私はその言葉を言わなかった。言ってしまったら、今まで耐えてきた自分の苦しみが、全て無駄になってしまうように感じたから。
そして、私はこの場から去っていった。
彼に背を向けて、一度も振り返らずに歩いた。彼との距離が開いていく度に、彼と私の心が離れていくようだった。もう彼の心に、私との思い出は残っていないように思えた。私との記憶が、どんどん薄れていくのではないかと、私は少し悲しくなった。同時に、私の中の記憶も、微かに薄れていくのが分かった。
最後に見た彼の姿は、どこか悲しそうだった。
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