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陽が沈んでしばらくたって、再び白い砂浜に向かった。生々しい黒に塗られた東京湾の向こうに無機質な光の大群が広がっていた。
…この光の全てに人がいるとして、金色の翼を持った人はどれくらいいるだろう。狭い東京の片隅で、太古から流れる血がまた一つ、生物としての営みを果たした。
遺伝子が起こした錯覚。
この事実に気が付かなかったら、君に翼があることを知らなかったら、二人はありふれた特別でいられただろうか。
雲の隙間から月が飄々とした表情で顔を出す。短い眠りの街と人間と、それから金の翼も一様に照らされる。
振り返ると、彼は泣いていた。泣いて、笑っていた。綺麗な三白眼がくしゃっと潰れる。
月の明かりを反射した彼の黄金は息をのむほど美しかった。堂々たる存在感で、ゆらりゆらりとはためいている。その色は確かに金色なのだが、金より切なく艶やかで、そして何より優しかった。君の初列の風切羽が一枚、真っ白な暗闇にひらりと沈む。
これから私たちは普通を装って、愛し合う。まるでお互いが選んで手繰り寄せ合って結ばれたように。本当はただの操り人形なのに。
「ずっと会いたかった」
悄然とした汀に、彼の声が通る。その声は嗚咽交じりで、ほとんど咆哮に近かった。愛しかった。たとえそれが、彼の体を借りた遺伝子が話しているのだとしても。
人間は洒落っ気づいていて、空っぽな生き物だ。生まれてきた意味とか、運命なんて真っ新な嘘なのに、偶然をつないで物語にしようとする。
私だってそう。私と彼が出会ったのは、子孫を繁栄させて遺伝子を残していくためなのに、そこに意味を見出そうとする。
今は皆目見当もつかないが、でもいつかはその空っぽの意味を見つけられることを信じよう。
無理やりにでもいい、二人が出会い結ばれた真の理由を、探しに行こう。
生きとし生きるものの本能も、生まれた瞬間に始まる運命も、翼の遺伝子も必然も偶然もすべて飛び越えて。
二人じゃなくてはならなかった理由を見つけに行くんだ。
君がいれば、その黄金があれば、私はもうどこへでも行けるから。
鉄紺の東京が、震えだす。
体はまた、熱を覚えていた。
「わたしも」
もしもこの恋が翼の見せた錯覚だとしても、君がいるならそれでいい。
せーので駆け寄った二人の脇で、水面が大きく揺れる。
二つの波形はやがて織りなし、東京湾の向こうまで響いていった。
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