ノリオ、お母ちゃんに会いに行くぞ

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 ふたりが玄関の前に立つと低い音を曳いて大きな自動ドアが開いた。足を踏み入れると、病院の臭いがふたりをつつんだ。受付は左手にあった。走るほどの勢いで兄が受付に向かった。ノリオも後を追った。 「お見舞いにきました。お母ちゃん、ちがう、母の病室教えてください」  兄が言った。 「お名前は?」  受付の女性がゆっくりと、やさしい声でたずねた。 「シノダです」 「シノダ、何さん?」 「ヨシエです」 「シノダヨシエさんね。ちょっと待ってください」  受付の女性はカタカタとパソコンのキーボードをたたいた。 「あら、要許可」とつぶやいて、ふたりに顔を向けた。「ごめんなさいね。主治医の先生にお聞きしないと会えないの」 「じゃあ、お願いします。俺と弟が会いにきたからって」 「それが、主治医の先生はきょうは午前中で帰ってしまわれたのよ」 「そんなぁ」  ノリオは思わず声をあげた。 「明日、土曜日でしょ。先生も朝からいらっしゃるから、午前中にまたいらっしゃい」 「せっかく来たのに……」 「わたしだって会わせてあげたいわ。でもね、会わないほうがいい人に会ってしまうと、余計に具合が悪くなってしまう患者さんがいるの」 「子どもですよ、俺たち」  兄が食い下がった。 「自分の子でも、そうなってしまう人もいるの。だから、先生の許可が要るの。きょうは我慢して」 「看護婦さんじゃだめなんですか」 「お医者さんじゃないとだめなのよ」  夕方の人のいない玄関ホールに静かな押し問答が響いた。 「もう一か月以上会ってないんですよ」兄の口調が変わった。「顔見るくらい、いいじゃないですか」 「ごめんなさい」 「ずっと我慢してたんですよ」 「兄ちゃん、行こう。きょうは帰ろう」  ノリオは兄の耳元に努めてゆっくりと声をかけた。このままでは、また興奮して騒ぎを起こしかねない。そうなったら、兄はずっと会わせてもらえなくなるかもしれない。 「左手持つよ」ノリオは兄の左手のひじに自分の腕を絡めた。「外に行こう」 「わかったよ。人をキチガイあつかいすんな」  兄はノリオの手を振り払って、玄関に向かって大股で歩きだした。ノリオは受付の女性に、すみませんでした、明日また来ます、と頭をさげて兄の後を追った。自分だってキレたかったのに。いつもこうなる。自由なのは兄で、自分は不自由ないい子だ。
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