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病院を出ると、外はすっかり日が暮れていた。ふたりは言葉もなく駐車場にもどり、母の車に乗った。駐車場を囲む木立ちの間から街の夜景が見えた。イサたちの家では今頃夕ご飯を食べているのかもしれない。兄は腕をくんだまま暗がりをにらみつけている。ノリオの胸に怒りと空腹がこみ上げてきた。
「兄ちゃん、はらへった」
「はあ?」
「牛丼食いたい」
「って、街に戻んのか。途中のコンビニでいいだろ」
「やだ。牛丼。ピザも食いたい。焼きそばも食いたい!ちくしょう!ぜんぜん食ってないんだよ、そういうの!きょうぐらい食わせろよ、兄ちゃん」
「わかった。わかったから、だまれ」
「食いたいんだよ」
「わかったって。おまえまで俺みたいになってどうすんだ」
文句を言いながら、兄はどこかうれしそうだった。まったくしょうがねえな、と言ってエンジンをかけた。
山道を下りると道は隣の市に続く幹線道路と交差する。まっすぐ行けば家。兄は右にハンドルを切った。隣の市に入る手前に牛丼のチェーン店があることを兄もノリオも覚えていた。母の調子がいいときに何度か連れて行ってもらったことがある。オレンジ色のカウンターで食べる甘くてしょっぱい牛丼はふたりにとってごちそうだった。
「兄ちゃん、牛丼屋」
看板が見えてきた。兄はスピードを落としてウィンカーを出した。
「見つかんないようにしないと」
「わかってるよ」
兄は店の入り口から離れた駐車場の奥に車を止めた。
「おまえ先に降りろ。大丈夫だったら窓を二回たたけ」
「わかった」
ノリオは車を降りて、周囲を見回した。誰もいない。窓を叩いた。リュックを抱えて兄が降りてきた。店に近づくと牛丼のいい匂いが漂ってきた。
「兄ちゃん何頼むの」
「俺は大盛つゆだく。おまえは?」
「大盛つゆだくに卵
「じゃあ、おれも卵追加」
「まねすんなよ」
「いいじゃねえか」
「じゃ、おれは味噌汁追加」
「じゃあ俺も」
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