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結局、ふたりは特盛つゆだくに卵と味噌汁とお新香とサラダをつけて、紅ショウガをたっぷり乗せて牛丼を食べた。膨らんだ腹をなでながら、ふたりは車に戻った。
「美味かったね、兄ちゃん。俺、もうピザ入らないや」
げっぷまじりにノリオが言った。なんだよ情けねえな、あんだけ言っといてそれかよ、と兄がつっこんでくるものとノリオは思った。が、兄は黙っていた。兄ちゃんどうしたんだよ、食いすぎて腹でも痛いのかと笑おうとしたところへ、兄が口を開いた。
「ノリオ」
「ん?」
「おまえは家に戻れ」
唐突だった。
「なんで……」
「なんでって、わかるだろう。俺がいないのはいいとして、おまえまでいないんだぞ。ばばあが親父に連絡するにきまってる。あいつら世間体を気にするから、すぐには騒ぎださない。せいぜい、親父が帰ってくるらいだ。だから、おまえは今のうちに帰れ」
「何言ってんだよ兄ちゃん。ふたりでお母ちゃんに会うんだろう」
ノリオは食ってかかった。母が入院してから学校に行くのをやめ、ひとり部屋にこもるようになった兄。小さい頃は何でもいっしょにしていたのに、自分との間にも距離を置きはじめた兄。その兄が今夜はこんなに近くにいる。こんなに近くに感じる。ふたりで会いに行きたい。ふたりじゃなきゃだめだ。
「俺だけ家に帰して、ひとりでお母ちゃんに会いに行く気か?」
「俺はそんなことはしない」
「だろう。ばあちゃんの金持って家出するつもりなんだろう。いいよ、止めないよ。俺も連れてってくれなんて言わない。だけど、行くのは、ふたりでお母ちゃんに会ってからだ」
ノリオはいつの間にか兄の左手を両手で握りしめていた。
「朝九時に病院に行って、先生に頼めば、会わせてもらえるんだから」
「わかった。わかったから、その気持ちわりい手を放せ」
「あ、ごめん」
ノリオが手を放すと、おーいてえ、と言いながら兄は左手を振った。
「大丈夫?」
「バカ、おまえに握られたぐらいでどうにかなるような、やわな手じゃねえんだよ、俺のは」
兄はフンと鼻を鳴らして、車を牛丼屋の駐車場から出した。ノリオが行先を確かめるまでもなく、兄は来た道を病院に向かった。山を登る道に入る前に、コンビニエンスストアに寄った。最新刊のマンガを立ち読みし、おにぎりとブリトーを買った。ブリトーはピザの代わりだ。レンジで温めてもらった。焼きそばは買い忘れた。
「兄ちゃん、桃水なんて女子みたいなの飲むなよ」
車に戻りながらノリオが笑った。
「いいじゃねえか、俺は好きなんだから。おまえこそ、小学生のくせにお茶なんて、じじいか」
「いいじゃねえか、俺は好きなんだから」
「まねすんじゃねえよ」
ノリオは思い出した。兄が小学生の頃は、ふつうにこういうやりとりをしていたのだ。
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