ノリオ、お母ちゃんに会いに行くぞ

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 ふたりは主治医の後について長い廊下を歩いた。廊下は迷路のようだった。 「すごいだろう。わざとこうなってるんだ」 「どうしてですか」  ノリオがたずねた。 「どうしてだと思う?」 「逃げないように」  兄がぶっきらぼうに答えた。 「そう。本来は患者さんを守るためなんだけど、見方を変えるとそういうことになるね。入院患者さんにとって、きちんと戻る準備をしてからでないと、外の世界は刺激が強すぎるんだ」  説明を聞きながら、ノリオは迷路のような廊下を歩くことには、ほかにも理由があるような気がしていた。たとえば、自分たちに入院病棟への行き方を覚えさせないために、というような。  主治医は顔の高さに小さな窓のついた鉄製の扉の前で立ち止まった。反対側からは開かない仕組みの頑丈な扉だった。扉をくぐると、そこはホールになっていて階段とエレベーターがあった。そして、もう一枚同じ扉がホールと先に続く廊下をへだてていた。 「階段を上がろう。二階のいちばん手前の部屋だ」  ふたりは主治医について階段を上がり、廊下への扉を抜けて二〇1号室の前に立った。 「今のところは個室に入っていただいてる」  と言いながら主治医はドアをノックした。返事はなかった。 「私が来るまでここで待ってて。声は立てないで」  そう言うと、主治医はゆっくりとドアを開けて部屋に入って行った。ふたりは開いたドアから部屋の中を覗き込んだ。ベッドの足元と窓の白いカーテンが見えた。カーテンは風に揺れているようだった。母の姿は見えなかった。ドアはすぐに閉じられた。  ふたりはドアに顔を近づけて、聞き耳を立てた。主治医の声はかすかに聞こえるが、何を言っているのかわからない。母の声は聞こえなかった。でも、母がこの部屋にいることだけはたしかだった。 「兄ちゃん」 「ノリオ」  耳をそばだてたまま、ふたりは目を見合わせた。ドキドキと胸が高鳴った。足音が近づいてきた。ふたりはあわててドアから離れた。カチャっと音を立ててドアが開いた。 「入りなさい。静かにね」  主治医は大きくドアを開いた。ふたりは吸い込まれるように部屋に入った。母がいた。ベッドに起き上がってまっすぐ前を向いている。すっかりやせて、頬もへこんでいた。眼はどこか遠いところを見ているようだった。どうしていいかわからず、ふたりは主治医を見上げた。 「近くに行って、何か話してあげるといい」
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