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やっぱりエノモトさんのことを言いそうになり、それでも呼吸が詰まった。
ここまでのことを許してくれる相手に、あたしのほうからこれ以上踏み越んでいくのは違う気がした。
陽香さんの真っ黒な瞳は、あたしをじっと見つめている。
「もしうちの人がよそにいい顔をしていたとしても……それでも譲る気はないので、私もごめんなさい」
今日陽香さんが発した中で、いちばんきれいで凛とした声だと思った。
あたし自身、ここまではっきり意思表示できることってあるだろうか。そう自問した瞬間、緊張の糸が切れた。
「……ッ、はー……かっこいい……くやしい、好きですそういうの……」
考える前に、口からほとばしる。
目の奥が、じんわり熱くなってきた。
さっきの恥が、羞恥ではなく腑に落ちる心地だ。これが敗北感というものなら、あたしはあたしなりになんて必死に恋を抱えて生きてきたのかと思った。
いやな未練も黒い後悔も、さっと浄化されていくような感覚だ。
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