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「笑いごとじゃないよ。互いに同じ国の言語を話してるのに、言葉の通じない恐怖はもうたくさんだ」
坂田は上半身を起こし、だるそうに煙草を取り出す。禁煙だと注意しようとすると、彼は自分で気づいてまた肩を落とした。
「長倉は、そういう経験ある?」
「え? 言葉が通じないっていうの?」
「そう」
訊かれてから、そういった記憶を自分の中に探す。
相手の理解力やキャパシティが乏しくて「この人バカだなぁ」と勝手に切り捨てたことならあるが、坂田の言うニュアンスの記憶はあまり見当たらなかった。
「ないよ」と答えようとした瞬間、あたしの中のなにかが口をふさいだ。
「──……言葉っていうより、気持ちが通じなかったことならあるけど」
はたと、坂田の疲れた瞳があたしで止まる。
わからずやのあたしの恋心は、ぜんぜん言い足りなかったようだった。自分でも、言ってから後悔してしまう。
「ごめん。そんなこと言いたかったわけじゃないんだけど」
「……いや。俺のほうこそ、悪かった」
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