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どちらも捨てられなかったあたしは、なんと長い少女の時代を抱えたままでいてしまったのだろう。
まだ閉じこもっていたい。変わりたくない。
でもそこから自由にもなってみたい。
どれもこれも、嘘偽りないあたしの本心だ。
「あの夜さ……」
あたしの未練をどう拾ったのか、坂田はぽつんと遠い声を漏らす。
「あの夜、長倉と深い関係になれなかったのはさ」
「うん……」
「あの日の昼、初めて会ったんだ。……妻に」
「…へえ……よく覚えてるね」
「風で揺れた長い黒髪がきれいで。……なんか、残っちゃって。だから長倉に手を出せなかったんだ」
一瞬なにを言われたのかわからなくて、数回まばたきをした。
「それって……もう一目ぼれだった、ってこと?」
「そのときはわからなかったけど、あとから思えば。だから……ごめん」
坂田は困ったように目を細め、微笑んだ。
あの夜、彼と抱き合うことができていたなら違ういまがあったのかも知れないと、何度も何度も考えたけれど。
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