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「高校の入学式で、何百人の人間がいたかわかりますか。そんな日には、教師はどこを向いても愛想よくしていないといけないんですよ。榎本さんにはじめて会ったのがその日だったかどうかも覚えてません。ましてや、だれを見たかなんて」
「え、え……ええ……?」
背後のエノモトさんの声が、どんどん小さくかすれていく。同情が恐怖を追い越していく中、なんとなく理解した。
ああこの人、ほんとに自分の思ったことだけが真実なんだと思ってしまう系だ、と。
自分の物語から出ていかない心地よさは、あたしにも覚えがある。だがいつまでも終わらない甘い甘い夢は、本来見るべきものを奪うのだ。
一瞬でも坂田と相思相愛だった、なんて夢、あたしだって何夜見たことだろう。
「うそ……だってあなた、何度も私とデートして……」
「デートではないです。娘さんのことで相談があると、学校ではしづらい話だからと呼ばれただけで」
さっきからばさりばさりとエノモトさんの未練を断ち切るような坂田の言葉に、違和感を覚えた。
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