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あわてて振り返り、どんな場所であろうと礼儀だけは忘れないようにしようと顔を上げた瞬間、思わず固まった。
「……そっくりだ……」
自分でそう口にした瞬間、自分自身に絶望した。
あたしにぶつかってきた男性の髪の色も長さも、坂田仁志のそれと酷似している。理性など知るかというように、あたしの体の内側がだらしなく熱を上げた。
ビジネススーツの内側のシャツは、色っぽいボルドー。ひと昔前はワインレッドと呼ばれたこの色が、あたしはめちゃくちゃ好きだった。
「え……と。もしかして、ここに来るのは初めて……?」
好奇心いっぱいの瞳で見下ろされる。坂田と同じ色で、胸が熱くなった。
「こ、後輩に連れてこられて……でも放置されて、あたし……」
懐かしい恋心と、心細さとで、あたしはいい年をして初対面の男の人の前で泣いてしまった。
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