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──杵井商事。
勤め始めて10年ちょっとになるこの会社は、ざっくり言うと食料品を卸す仕事をしている。そう大きな会社ではないが、ビルの1フロアを丸ごと陣取り部署ごとに部屋が分かれている程度には広い場所だ。
あたしは経理部にずっといるが、そろそろお局と呼ばれそうな年頃である。
目下の悩みは、後輩たちがどんどん寿退社でいなくなってしまうこと。あたしだって相手が欲しい。結婚がしたいわけではないが、たまに恋人ができても長続きしないので、春はなかなか来ない。
理由はわかりきっていた。高校生のころ一目ボレした男の影を追い続けてしまうせいだ。
「長倉先輩」
給湯室でお湯が沸くまでの間だらけていると、後輩である三浦夏菜子がさめた目であたしを見ていた。
「またコーヒーですか。カフェイン依存症になりますよ」
「もうなってる」
さらさらの黒髪おかっぱが麗しい夏菜子は、いつもクールビューティだ。男性社員にモテて仕方ないくせに、だれの誘いにも乗らない。だがこうしてあたしの様子はよく見てくれる。
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