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「プロやないよ。もうはるか昔に辞めたから。いまはごくごくふつうの会社員」
「素人のあたしからすれば、元も現役も変わらないよ」
「それもそうか。おれ、布袋。布袋東也。好きに呼んでくれてええよ、千佳さん」
「……」
本名かどうかわからないが、とっさに名乗るには難しい名前だ。ふだんからこういう遊びをしていて用意しているのでなければ、本名なのかも知れない。
「信じられんかったら、ハイ」
布袋東也は財布を取り出し、ためらうことなくあたしに運転免許証を見せてくる。名前に間違いはなく、住まいが荻窪あたりというのも少し目に入った。
子どもの頃ならいざ知らず、近頃は他人の個人情報をしっかり目に入れることも少し罪悪感が過る。あたしは目をそらした。
「わ、わかった。じゅうぶん。ありがとう」
「ほな、いっしょに行ってくれる?」
どんぶりの残りを勢いよくかっ込み、布袋東也は「ごちそうさん」と行儀よく手を合わせあたしに笑顔を向ける。
行くなのかイクなのかどっちよ……と思ってしまったあたしは、もはやオッサンなのかもしれない。
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