母を知った日

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母を知った日

 父の死後、大きな変化があった。  母が家ではヘルメットを取るようになったのだ。そして、俺も物心がついて初めて人前でヘルメットをとった。初めてみる母の顔は美しかった。それまで鏡の中の自分以外の動いている顔を見たことがない俺でも、そう思った。母は美しかった。  「ごめんね」  久しぶりに俺の顔を見た母はそう言って目から体液を溢していた。そして俺を抱きしめた。  「ダメだよ。母さん、近づいたら。離れて」  「いいの。いいのよ。もう」  俺は感染が怖かったが母の力は強かった。そして、母は温かかった。母に触れた。母を感じた。母の目から流れ落ちた体液が俺の頭に落ち、耳の脇を通って口に入った。しょっぱかった。初めて至近距離で聞いた母の声は大きかった。でもそれをずっと聞いていたかった。母の鼓動も感じた。母は生きていた。俺の鼓動も聞こえた。俺も生きていた。  今まで感じた事のない何かが沢山の何かが俺の中に広がり、俺を包み、俺の中で生まれた。  それを今俺は愛と呼んでいる。
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