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帰郷と最後の食事
「ただいま 母さん」
三年間なんの連絡も入れず突然帰った息子を母は温かく迎えてくれた。
「おかえり 太陽」
母さんだ。母さんの笑顔だ。俺の大好きな母さんだ。
動かない左腕に気づかれないように俺は母を抱きしめた。ただ顔の傷は隠せなかった。
「沢山怪我をして、心配かけて......でも帰ってきてくれてありがとう、太陽」
母は泣いた。俺は胸が苦しかった。三年ぶりに会う母はどこか小さくなっていた。
「ごめんね。母さん」
涙の再会を五分ほどすると母さんは明るい元気な母さんに戻った。
「今回はゆっくり出来るの?」
「母さんニュースは見てないの?」
「だってあなたがニュースは見るなって言ったじゃない。だからあれからニュースはほとんど見てないわ」
「そうだったね。そうだった......。今回もあまりゆっくりはできそうにないんだ」
「そうなの・・・でもご飯くらい食べられるでしょ」
そう言って母はキッチンに行き料理の準備を始めた。俺は暫く立ったまま母を見ていた。
「もうなに?座って楽にしてて」
母がそう言うので俺は居間に移動した。居間には父を亡くしてから二人で食事を何度もした四つ足の低い小さなテーブルがあった。そのテーブルを見るだけで沢山の思い出が俺の中に蘇った。俺は幸せに生きてきた。
母は一時間くらいでテーブルいっぱいに俺の好物を並べてくれた。コロッケに餃子に麻婆豆腐にスパゲッティ、そしてカレーまで。
「ちょうど昨日カレーを作ったとこだったの」
「二日目のカレー。俺が一番好きな料理だよ」
「もう、それやめてって言ったじゃない。カレーが一番好きなんて、まるで母さん料理しない人みたい」
「しょうがないじゃん。母さんのカレーが一番美味しいんだから」
母のカレーを超えるカレーに俺はついに出会わなかった。
「食べよう。母さん」
「うん。食べよう」
そう言って最後のいただきますをした。
どの料理も美味しかった。最高に。すべての料理から母の愛を感じた。涙が出た。止まらない。母は笑った。
「そんなにお母さんの料理が美味しいの?よかったわ」
笑う母も途中から泣き出した。二人号泣しながら、俺と母は食べ続けた。そして話をした。二人作ってきた沢山の思い出を。二人生きてきた日々を。俺と母は語り合った。
食べながら、泣きながら、話しながら、笑いながら。
それが俺と母の最後の食事だった。
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