エレメンタリービショップElementarybishop

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 「どこへ行っても、いつの世にもいるのは兵士 お前がいなければ、ヒトラーもダハウでお手あげ シーザーもひとりぼっちでしょんぼり 人類を生かすも殺すもおまえの胸三寸  戦争道具のおまえ、いいかい おまえなしには殺人は進まないんだよ。」    「ベ平連」・回顧録でない回顧 小田実著 第三書館より  六月下旬、日が西へ沈む時間が遅く、六時になっても街灯に明かりは灯らない。空を見上げれば、入道雲が空を覆い、晴れ間を見せることが多くなっている。  亀山宗(かめやまそう)助(すけ)は友人の河東(かわとう)圭太郎(けいたろう)と一緒に下校していた。  ふたりとも中森学園中等部一年、書道部の部員で、今度の書道展を目指して作品を練習した帰りだった。  宗助は長男で成績はクラスで中の下、運動は苦手、渾名はモヤシといわれるくらい貧弱な身体をしていた。  圭太郎は一年生の部員の中でも筆遣いが巧みで、顧問からも注目を浴びていたが、同期の宗助は残念ながらお世辞にも字が旨いとはいえず。本人もさほどやる気があって入部したわけではない。  単純に家に帰るのが嫌だったから、それを遅らせたくて入部したのだ。  宗助は母子家庭だが、母親の美沙(みさ)季(き)との関係は最悪、互いを生理的に嫌っていたとしか言いようがなかった。  宗助は母親を憎み、それと同じくらい母親を恐れていた。  血は繋がっていたが、親子でありながらそりが合わない、そんな関係だ。  下校の途中で二人は、公園の前にある自動販売機で、なにやら白い大きな塊がうずくまっているのを目撃した。  (まさか!)と、宗助も圭太郎も一瞬、怪奇現象に遭遇したかと信じかけたが、よく見てみれば白い塊は中川(なかがわ)高志(たかし)だった。  高等部二年生の先輩で、中等部と同じく高等部も制服が真っ黒なので、闇夜では影のように目立たなくなる。  今は上着を着ずに上はカッターシャツでいることが多い、だから中川が不気味な《白い塊》に見えたのだ。  《幽霊の正体見たり、枯れ尾花》で、二人とも《ほっ》としたかといえば、けっしてそんなことはない。正体が知れても――二人は不安だった。  中川は不良で、おまけに力士のように身体が大きく、ケンカして勝てるのは体育教師くらいなものだろうと噂されていた。  ただし、学業はお世辞にも出来がいいとは言い難く、その中身と反比例してひどく大人びた顔つきをしていた。悪く言えば老け顔だ。  そんな奴がでっぷり太った身体を丸めて自動販売機の下を探っている。  「畜生! 五百円!」と、ぶつくさと独り言を呟いているので察しがついた。  ジュースでも買おうとして、うっかり自動販売機の下に落としたに違いない。  「いこうぜ、カメ」  そう小声で圭太郎は宗助のアダ名を呼んで促した。  一年生にしてみれば最悪の状況だ。後ろを歩いているのに気づかれたら、間違いなく金を要求してくる。
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