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目に見えていた。
だから、葵は優に近付く女を片っ端からいじめて優から離した。
なので、優はイケメンだけど、女と付き合ったことがない。
過保護な妹に守られた兄だ。
「んで、何で吉川のおじいちゃんが水死な訳?」
「川で魚釣りしてて滑って……」
「んで、何故かそこへお兄ちゃんが通りかかると?」
「うん」
「何で?!」
「うーん……死人体質?」
葵はずっと疑問に思っていたことを訊いた。
「お兄ちゃんさあ、死ぬとき苦しかったり痛かったりしないの?」
「苦しいし痛いよ」
「んじゃ、何で死んであげるの? 代わりに」
「だって、僕が苦しかったり、痛かったりするだけでその人は無事な訳だろう?」
「え? う、うん」
「だから、いいんだ。僕が我慢すればいいだけだから」
「お、お兄ちゃん! もうそれってガンジーとかマザーテレサの域だよ!」
葵は泣けてくる。
何でお兄ちゃんはそこまでする……。
お兄ちゃんは二か月前、見ず知らずのおばあさんを庇って交通事故で死んだ。
両親は気が狂ったように嘆き悲しんだ。
葬式には小学校時代からのクラスメートがわんさか来た。
みんな、号泣していた。
葵はあまりびっくりしなかった。
お兄ちゃんの寿命は長くないだろうと思っていたからだ。
それでも、悲しくて、葵は生れて初めて泣いた。
お兄ちゃんがいなくなって、本当に胸にぽっかりと穴が開いた。
葵は思った。
ああ、この穴にお兄ちゃんを守っていたんだと。
これから何かして、この穴を埋めなければ……。
そう決めても、穴は埋まらなかった。
そして、葵以外のまわりがお兄ちゃんの死を受け入れた頃、そう、ちょうど死んで四十九日経った日に、お兄ちゃんが返って来た。
「葵、葵」
そう、お兄ちゃんがいつも朝起こしてくれる優しい声で目が覚めた。
「う、うん。お兄ちゃん、もう少し寝かせ……」
と言った後で、葵はガバッと飛び起きた。
お兄ちゃんがいた。
「お、お兄ちゃん!」
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