私を映す鏡 【短編】

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 両親が眠る菩提寺の境内で、近所の子供たちが先の割れたストローでしゃぼん玉を吹いている。  ひとりの子供が玉砂利を踏みしめ空に高く手を伸ばし、それを掴もうとしていた。  しゃぼん玉は、ユラユラと揺れながら風に乗り、青い空を背景に虹色に輝き、手に触れると弾けて割れてしまい、けして掴むことが出来ない。  叔父の高瀬圭太が懐かしい光景に目を細め、それを眺めている。  今から10年程前、私の父のお葬式の時、まだ、幼かった私がココでしゃぼん玉を飛ばしたのを、優しい瞳で見守ってくれた。  その時の瞳と同じ眼差しだった。  若くして病に倒れた父は、残して行く妻と娘の行く末を心配し、弟である圭太に『二人を頼む』と頭を下げていた姿を、幼かった私は扉の隙間から覗き見てしまった。  その光景は、私の胸に抜け無い棘となって今も残っている。  父が亡くなった後、看護師だった母は、シングルマザーとしてバリバリと仕事をこなし、私を育ててくれた。  ひとり家でお留守番をする私を気遣い、圭太はよく家に立ち寄り、私と遊んでくれた。  無邪気に圭太が来ることを喜んでいた幼い私。    今、考えれば、当時、大学を卒業したばかりの社会人1年生の圭太にとって、大切な時期で自分の事だけでも手一杯だったはず。  それでも圭太が、わが家に来ていたのは、きっと、母の事が好きだったから。    優しくて、綺麗で働き者の私の自慢の母。  一昨年、母は事故に遭い父の元に旅立った。  以来、高瀬圭太は、一人残された私、高瀬繭子の未成年後見人となり、共に暮らしている。    圭太は33歳になった今も独身のままだった。
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