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私が渉くんと出会ったのは、大学一年の冬だった。友人に誘われ、初めて合コンに参加したときのことである。
しかし私の目的は恋人を探すことじゃなかった。
タダ飯である。タダ飯ほどこの世においしい物など存在しない。特に他人のお金で食べる焼き肉なんかもう最高だ。
会場は新宿にあるおしゃれなイタリアンバルだった。参加者は男三人、女三人の計六名で、多すぎず少なすぎないその数は合コン初心者の私にはちょうどよかった。
「森口さん、でしたよね」
「はい、森口渉と言います。よろしくお願いします、辻喜久子さん」
合コンが始まって最初に私の目の前の席に座っていたのが、渉くんだった。
彼は黒いテーラードジャケットの下にギンガムチェック柄のシャツを着て、ホワイトチノパンを履いていた。涼しい目元と薄く閉じられた唇が印象的で、賢そうな人だなと思った。
そんなことを考えながら、私は小皿に取りわけられていたシーザーサラダに視線を移した。厚く切られたベーコンがレタスの上で自分の存在を誇示している。口に運ぶと、ニンニクの強い味が舌を駆け抜けていった。
どんな話をすればいいやら。ふと、それが頭に浮かんだ。女性陣は全員同じ文系の大学に通っていたけれど、男性陣はすぐ近くの別の大学の生徒だったのだ。しかも理系。タダ飯にありつけると思ってやってきたが、今さらながら困ってしまった。私は知らないぞ。理系男子との会話の仕方とか。どんな話題を出せば喜んでもらえるかとか。
つい数分前に行われていた自己紹介を思い出してみる。なにかしら話題を広げられるものの一つや二つ必ずあるはずだ。頑張れ。考えろ。
――そういえば、
「自己紹介のときに大学では生物を専攻してるって言ってましたけど、やっぱり解剖とかもするんですか」
森口さんがちょっとだけ瞳を瞬かせたのを、私は見逃さなかった。一瞬、しまったと思った。地雷を踏み抜いたかもしれない。
しかし密かに様子をうかがい続けていると、不愉快というわけではなく純粋に驚いたという感じのほうが強い気がしたので、彼の言葉を待っていたら、
「はい。蛙とか鮒とか小中学校でも扱える簡単な生き物から、鼠や鳩なんかまで。ちょうど昨日は鹿を使わせてもらって」
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