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 彼はそう言いながらローストチキンの乗っていた大皿を自分のほうに引き寄せると、特に躊躇することもせず切り分け始めた。ナイフを器用に使って鶏肉と鶏肉を離していく。   まさに今、私は解剖の場面を目撃していた。  誰も食べかたがわかっていなかったせいか、運ばれてきたときのままずっと手つかずだったので助かると思いながら、 「へええ、すごいですね」 「感心されるほどのものじゃありませんよ。それに解剖なんて人から嫌がれることも多いですし」  突然苦虫を噛み潰してしまったような顔をすると、森口さんは自分の後頭部を軽くかいた。  人から嫌がれることも多い。その言葉がひどく脳裏に焼きついた。離れなかった。きっと彼は、過去に何度も不愉快な思いを味わってきたのだろう。  私はゆっくりと慎重に考えてから、言った。 「解剖を残虐的な行為だと簡単に決めつけるのは短絡なんじゃないでしょうか。むしろそれを通すことで初めて真の意味での、生や命の尊さを知ることができるんじゃないでしょうか。だから森口さんは自分の研究に誇りをもってください。うしろめたさなんて感じる必要はないんですよ」 「辻さん……」 「ああ、すみません、図々しいですよね。そんなの森口さんが一番よく理解してるのに。だけど、本当にすごいなって。私、魚を三枚におろすぐらいが限界だから」 「ふふ、三枚おろしですか。それこそ人に自慢してもいいと思いますけど」  違う。間違えた。魚をおろす行為は解剖ではない。料理だ。おそらく今、私の頬は紅葉を散らしたように赤く染まりつつあるだろう。なんてまぬけな発言をしてしまったのか。  しかし、こちらが動揺していることにはまったく気づいていない様子で森口さんはふいにその表情を真剣なものに変えると、 「ありがとうございます。やっぱりわかってくれる人がいるっていいですね」  このやりとりがきっかけで、私と渉くんは合コンのあとも度々二人で会うようになった。  初対面のときにはあまりそのような印象を受けなかったが、渉くんは意外と情熱的な性格の持ち主だった。今でも彼の告白の言葉を思い出すと、私は体の穴という穴から大量の汗がふいてくるような感じを覚えずにはいられない。晩夏。浜辺。水平線のむこうに落ちようとしている夕日の光を受けて、目の前の海はオレンジ色に輝いていた。
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