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 嫌ではなかった。それどころかとても嬉しかった。私も渉くんが好きだったから。  以後、お互い上京組で一人暮らしをしていたこともあり、時々どちらかがどちらかの家に泊まりに行くようになった。だけど実際は、私がお邪魔することのほうが多かった。今日もそうだ。  渉くんの家から一番近いコンビニまでは歩いて十分ほどかかる。ここはベッドタウンなので高層ビル群や商業施設などはなく、住宅地がずっと先まで続いていた。街灯と家々の窓から漏れ出た明かりが、黒いアスファルトの道を照らしていた。 「もうすぐ夏休みも終わりかあ。そろそろ就活の準備も始めなきゃいけないよね。渉くんはたしか中学校の先生になりたいんでしょう」 「うん、理科の。本当は生物だけに絞りたいんだけど、やっぱり難しいかなって」 「渉くんならきっといい先生になれるよ。だって勉強教えるのすごく上手かったもん」  二年生の前期のとき、私はなにをとち狂ったのか教養科目で数学を取ってしまった。すでに小学校の算数の時点で躓いていた人間だというのに。それでわからない問題があると、毎回渉くんに教えてもらっていた。おかげで秀まではいかなくとも、優の成績をもらうことができた。私にとっては快挙だった。  渉くんは宙を見上げながら、 「まさか大学生にもなって人に数学を教える日が来るとは想像もしてなかったけどね」  と遠い目をして言った。しかし街灯に照らされたその顔は、どこか満足気だった。私の手を握る力が少し強くなった気がした。  やがて右前方にコンビニの建物が見えてきた。ミルク缶の描かれた看板が夜空の中で煌々と光を放っていた。  中へ入る前に、私は渉くんの手の中から自分のそれをさっと引き抜いた。どんな反応をされるかという心配が一瞬脳裏をよぎったが、彼はなんの反応も示さなかった。  微妙に気にいらないと思ってしまった私がいた。自分から離しておいて。とんだわがままな人間だ。  扉を押し開ける。入店音と、「いらっしゃいませ」と言った店員さんの声が重なって聞こえてきた。  当初はおでんだけを買って帰ろうと思っていたのだが、ついでなので他の物も見ていくことにした。とりあえずまずはお菓子の棚に行こうと、そちらのほうへ足を踏み出そうとしたとき、 「喜久子。かごは。いらないの」 「忘れてた。ありがと」
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