キケナの花 5 side悠

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キケナの花 5 side悠

 さっきまでの騒がしさが嘘のように、シーンと静かになる。俺はすぐに薫に頭を下げる。 「薫、ごめん! 勘違いしてた!」  薫は怒るかと思ったら、俺の予想に反してふふっと笑う。 「いいよ。僕の旦那さんの嫉妬するところが見えたから」  それよりも、と言って俺を部屋の外に連れて行く。 「目を瞑っててね」  そう言われて、手を繋ぎながら薫の部屋に入る。ふわりと甘い香りが漂ってくる。 「いいよ」  可愛らしい声に目を開けると、部屋の中は花びらでいっぱいだった。 「ハッピーバースデー、悠。いつもありがとう」  照れ臭そうに俺を見つつ、にっこりと笑う。可愛すぎる。  ぐるりと部屋を見渡すと、部屋中に色とりどりの花が飾ってある。 「この花は少し捺ちゃんに分けてもらったんだ」  ああ、なるほど。捺は植物を育てるのが好きで、大きな庭にたくさんの花を植えている。 「そのために捺と話していたのか」 「うん。それと、悠の妹さんに会ってみたいなっていうのもあって」  月の光に照らされている薫に見惚れていると、薫は、あっ、と声をあげる。 「見て、悠! 花が咲いてる!」  薫の指差す方向をみると、二人で楽しみに待っていた、以前新と一緒に行った店で買った花が咲いている。 「ええっ!?」  その花を見て俺は驚く。この花ってもしかして……。 「ちょっとここで待っててくれないか?」 「うん」  不思議そうに頷く薫。俺は急いで自室に戻り、ある二つのものを持って薫の部屋に行く。 「これ!」  俺が持ってきた二つのもののうちの一つを見せると、薫が目を丸くする。 「おんなじ花……」 「セヒナの花を取りに行った時に、その山を歩いていたら偶然見つけたんだ」 「緑色の花って珍しいね」 「実はな……、俺と薫の瞳の色と一緒だなと思って持って帰ってきたんだ」  自分で言ってて照れ臭い。顔が熱を持っているのを感じる。  すると、薫は俺の方に走ってきて、俺に抱きついてきた。 「僕も同じこと考えてた!」  きらきらした瞳で、笑いながら興奮したように言う薫。ぎゅっと抱きしめて、俺もプレゼントがあるんだ、と言う。 「えっ、僕誕生日じゃないのにプレゼントがあるの?」  驚いている顔。 「ああ。あの花が咲いたら渡そうと思ってたんだ」  なるほど、前に言ってたのはそのことなんだね、と納得した様子。 「あの時はバタバタしていて渡せなかったけど、お揃いのものを身につけておきたくて……」  俺がポケットから取り出したのは、結婚指輪。緑色のターコイズの石が埋め込まれている。 「うわぁ……」  薫の手を取り、細い指に通す。薫はありがとう、と小さく呟き、手を胸の方に持っていき、ぎゅっとする。よかった、気に入ってもらえたようだ。  俺は自分の指にも通す。薫とお揃い。それだけで何倍も輝いて見える。  薫がこちらを見つめて、へにゃりと笑う。  窓から夜空を見上げると、春の夜らしい、優しい月の光が降り注いでいる。これからもずっと二人で時を重ねていきたい。そんな思いを胸に抱きつつ、愛しい人を抱きしめた。              キケナの花・完
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