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 暖という青年が言っていたことは本当のように聞こえたが、期待して裏切られるかもしれないという思いもある。どちらにせよ、自分にできることは待つことだけだと結論づける。  暖が来たことを知った那は、見張りの人に怒って、給料を減らしたらしい。そうすると行き場のない見張りの人の怒りの矛先は当然のように僕に向き、僕のご飯は一日に一回になってしまった。  空腹でもう動くことが出来なくて、僕はぼんやりと小さな窓から見える空を見上げる。そこから、僕がこの国に来た時には美しく色づいていた木々も葉を落とし、冬支度をし終えたことが予想できる、冷たい風が吹いてくるのを感じる。ひとりぼっちで過ごす部屋では寒さが身に染みて、僕は気を紛らわすために、自分の国にいた時の温かい記憶を思い出した。  僕は五歳の頃に、母を亡くした。そのため、従兄弟である凱が僕を育ててくれた。彼はとても明るく、賢い人だった。出会って最初の頃は、母を亡くしたショックで落ち込んでいる僕を、初めは何も言わずにただ見守ってくれた。たぶん、悲しみを乗り越えるためには、時間が必要だと思ってのことだろう。  そのあと、僕の気持ちが少しずつ落ち着いてくると、彼は狼に獣化した自分の背に僕を乗せ、いろいろなところへ連れて行ってくれた。自然豊かな山、静かな川、賑やかな市場にも行った。そうやって旅をする間に彼は、僕に生きるために必要なことを教えてくれた。一年ほど旅をした後に彼は、 「薫、俺と一緒に住まないか?」  と提案してくれた。 「うん!」  と勢いよく頷いた僕の頭を凱はその大きくて温かい手で撫でて、嬉しそうに笑った。そうして僕と凱は僕が人間国にくるまで一緒に過ごした。     僕と凱が最初に出会った時、彼はまだ十五歳、ちょうど獣人にとっての成人がその頃だ。あとから聞いたことだけど、彼は誰かに頼まれたわけではなくて、自分で僕の世話をすることを申し出たそうだ。五歳の子供を一人で育てることは、僕が想像している以上に大変だったと思う。しかし、嫌な顔一つせずに優しく時には厳しく育ててくれた凱。僕が人間国に来る前に彼が見せた心配そうな顔が心に浮かんだ。 「会いたい……」  声に出すと、その思いが強くなると同時に、部屋に自分の声が響き、僕は余計に寂しくなる。自分で意図してないのに、涙が頬を伝って流れた。 「凱、凱、 会いたいっ」  止めどなく流れる涙を拭いながら空を見上げると、雪がふわりふわりと空を舞っている。僕は耐えられなくなって、意識の糸を手放した。
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