序:さやかに星はきらめき

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 初めに暗闇があった。「彼」はずっと暗闇にいたから、暗闇と自身の区別がつかなかった。  毎日毎日、温かな壁に身ぐるみ包まれて、(うずくま)って鎖につながれている。地響きがぐるぐるとお腹を揺らす。絶え間ない潮騒が耳から瞼の奥をくすぐる。そんな暗闇の中、彼が彼であるとわかったのは、彼に「セイ」と呼びかける「彼女」のおかげだった。 「オレ達はどうして、ここにいるんだろうね、セイ」  彼女は暗闇にふわふわと浮かび、一人だけ静かに煌めいている。彼に横顔を向け、膝を抱えて微笑んでいる。真っ白な長い髪がゆらゆら泳ぎ、闇の隙間に波模様を描いている。 「シオンは、ここ以外のこと、何か知ってるの?」  二人共えんえんと、この狭い闇の中にいる。先に名乗ったのは彼の方だ。彼女は彼らが名前を持てるものと知らず、初めて喋りかけたときにはとても驚いていた。  彼女にとって、彼は闇から寝顔がはえた「かわいいもの」だったらしい。額に手を当て、よく頬をよせてはニコニコしている。その内、名前っていいなと言い出したので、彼女の「シオン」は彼が当てはめた響きだ。彼女の「オレ」も、彼の呟きを真似た喋り方だった。 「オレはオマエのことしか知らないよ。でもセイは、ここにいたいんでしょ? ダメだよ、いつかは外に出なきゃいけないんだよ」  ここはずっと、何もない真っ暗な行き詰まりだ。でも、外があるよ、と彼女はほのかに笑う。彼女だけが小さな光を持っているから、出口を見たことがあるのだそうだ。  何であれ彼は、鎖でつながれている。暗闇に埋め込まれた体は、どこまでが彼かもよくわからない。彼女は彼の意思に関わらず、飛んだり跳ねたり、壁などないように動き回る。だから彼でないものだとわかった。そしてこの暗闇が、世界の全てではないということも。
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