序:さやかに星はきらめき

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 絶えない寂光。いつでも白く微笑む彼女。闇の隅々、彼の体を長く歌がくるんでくれた。  けれど「そのとき」は、あまりに容赦なく訪れてきた。本当は知っていた神様との約束。  暗い世界に、突然ヒビが入った。彼にはそうとしか見えなかった。 「……――え?」  優しかった暗闇の赤い豹変。まるで彼を拒むように、いきなり凄い力で締め付けてくる。これまでの温かさが消え、波がどよめき、恐怖が肌に満ち、彼はお腹の鎖に縋りついた。 「いやだ――いやだ、おれ、ここから出たくない!」  しかし最後の頼りの鎖は、壁から剥がれ落ちつつある。彼ごと今にも押し出されかけ、彼は泣きながらぼろぼろの壁にしがみつく。それでも彼女は満足そうな笑顔だった。  暗闇の宙に渡る弧状の光。闇を殺さず、闇にも侵されなかった光は、両手を己の胸に当てて背筋を反らせ、今でも何かを唱っているように見えた。  彼と彼女の暗闇が沈む。居場所をなくした暗闇が、彼の視界の占拠を始めた。  黒ずんでいく目から、彼女がいなくなってしまう。彼のたった一つの光が、彼の代わりに染められていく。本当はずっと、彼が在るはずだった「闇」へ。 「待って――置いていかないで、いやだ……!」  じわじわ暗闇を追われる彼に、困ったように彼女がはにかむ。指先の消えかけた片手を顔の隣に掲げる。かすかに振られる細い手の下、薄い唇が紡ぐ音が聴こえなくなった。 「大丈夫。大丈夫だよ。愛してるよ――セイ」  「愛してる」。彼の全身全霊を、絶えない不安だけが襲う。  代わりに彼女は、彼と過ごした暗闇で積み上げていた、一番大切なこたえを唱う。 「永遠にいるよ。オマエが忘れても、この想いがここから消えても」  彼女は知っていた。外には彼女より強い光があり、お姫様の歌などひとたまりもない。いなくなるのは、彼女。外にいくのは、彼。彼が淋しがるから、彼女は唱い続けたのだ。彼を照らすだけで幸せそうだった、元より「死」の名を持つもの。 「ダメ、いかないで――いかないで、シオン……!」  ついに息ができなくなって、最後の力で叫んだあがきは闇に消えた。祈りの寝床を彼は失う。ささやかな彼女の光とは違う、不躾な人工の灯に当てられることになった。  引きずり出された闇の外は、苦しさだけが全身を満たす、嫌味のように眩しい世界。 「おめでとうございます! 初めてのお子さん、可愛いお姫様ですよ……!」  あまりの苦痛に泣き叫んでしまう。これまでより体がひんやりとして、得体の知れない乾いた感触に包まれる。鈍い匂いと共に、汗ばむ体で知らない誰かが彼を抱きしめていた。 「嬉しい、可愛い、女の子……! 一人でも子供を授かれば、生きて生まれてくれたら、『セイ』にするって決めてたんです……!」
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