序:さやかに星はきらめき

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 違う、と彼は必死に訴える。ここにいるべきは、本当は「彼女」だった。けれど彼女は、彼を暗闇から出すために光になった。彼らのどちらか一人が、光になる運命だったから。  それならいつまでも、二人で暗闇にいられれば良かった。いかないで、と泣いていても、彼らの暗闇はなかったことになってしまう。彼女の孤光が見えたのは彼だけなのだ。  彼女にできたのは唱うことだけ。大切な想いを、置き去りの彼の身に刻んでいくために。 ――いなくならないでね? セイ。  暗闇はいつでも、ここにあるよ。彼女の白い子守歌が、ほの暗い安らぎを彼に残す――  誰かに声をかけられた気がして、そろそろ成人も近い詩月聖は、昏い夜道で振り返った。 「……?」  都会の隣の夜は遅く、十三夜の月が輝いていても空はずんぐり沈んでしまう。暗がりが多い川辺は何もないのに重たさがあり、ひとけがそんなに多くないのは助かっていた。  ふと、夜空を見上げて茫然とした。こんなに明るい夜の(とばり)には、あるはずのない白い光。 「――あ。まさか……月虹……?」  太陽より弱い月の光は、とても暗い場所でだけ見える、白らかな虹をつくることがある。月虹を見た者は願いが叶う、という伝説があるほど、稀な光景なのだと母は言っていた。  周りに星を散りばめた光の弓。セイに咄嗟に浮かんだのは、ただ一つだけのことだった。 「……いつか、会えますように」  闇は、優しい。弱々しい月の光も、果てしなく遠い星々も存在を許してくれる。  大丈夫だよ、と。幼い頃から消えない無音が、セイの真っ暗な帰り道を包んでいた。 >back to the story
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