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「あ、あの奏人さん」  部屋の前で鍵を取り出す彼に声を掛けると 「うん?」 と首を傾げる。  アパートに着いても、奏人さんは当たり前のように俺を連れて階段を上って行き、言われるままついて行ったものの、ここまで送ったら俺の役目はもう終わったんだし、部屋に上がるのは図々しいように思えた。 「俺、帰ります」  そう言うと、奏人さんはきょとんと俺を見る。 「……世話をかけたし、寒かっただろうからお茶ぐらい出すつもりで居たのだけど、迷惑かい?」  う……。 「いや、そうじゃないけど……さっき、疲れたって言ってたし、俺のが迷惑じゃないかと思って」 「帰りたい?」  間近で顔を見上げられると、どくんと胸が鳴り、慌てて首を横に振った。 「……いや……帰りたい……とかじゃ、ないです」 「それなら、寄っていってくれ。まだ話は終わっていないし」 「話?」  鍵を開けて 「どうぞ」 とドアを開けると、外気と変わらないくらい冷たい空気が流れて来て。  その中に、薄くこの人の匂いを感じた。  立ち止まったままの俺に 「寒いから閉めるよ」 と奏人さんは言って、促されたように一歩入ると後ろでドアが閉まり、流れていた空気が遮られて、この人そのものに閉じ込められた気分になる。
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