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目の前の体を当たり前のように抱こうとして、手を止めた。
「……いい?」
ぷ、と奏人さんは吹き出して笑う。
「今さらだろう」
「……うん」
そうなんだけど、さっきぶつかられた時は抱きしめたくてしょうがなかったのに、今は金縛りにあったみたいに手が動かない。
どうして。
「……匠海?」
俺より小さい、簡単に抱きすくめられそうな細身の体にあの人が重なる。
あの人は、多分もう、俺が会えるところには居ない。
でも、俺の中ではまだ、あの人を抱きしめた記憶が、昨日のことのように鮮明に残っている。
透き通るような頬も、果実色の唇も。
俺を呼ぶ声も。
「……ごめ……」
それ以上動こうとしない手を引っ込めようとした時
「匠海」
あの人とよく似た、低く甘い響きの声が言った。
「嫌いになったかい?とは聞いたけれど、どちらにしても、僕は一度きみが口にしたことを撤回させるつもりは無いよ」
「……え……?」
するりと奏人さんの腕が首に絡みついたと思うと、ぐいと頭を引き寄せられて、唇に柔らかい感触が重なった。
力は強いけれど、そっと重ねて俺の唇を食む仕草は繊細で、ぞくっと体に痺れが走る。
瞼を形よく縁取る睫毛を不思議な気持ちで見つめていると、唇が離れて、ゆっくりと瞼が開く。
「……もう一度言ってくれないか。きみの好きな人は?匠海」
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