4/6
前へ
/58ページ
次へ
 目の前の体を当たり前のように抱こうとして、手を止めた。 「……いい?」  ぷ、と奏人さんは吹き出して笑う。 「今さらだろう」 「……うん」  そうなんだけど、さっきぶつかられた時は抱きしめたくてしょうがなかったのに、今は金縛りにあったみたいに手が動かない。  どうして。 「……匠海?」  俺より小さい、簡単に抱きすくめられそうな細身の体にあの人が重なる。  あの人は、多分もう、俺が会えるところには居ない。  でも、俺の中ではまだ、あの人を抱きしめた記憶が、昨日のことのように鮮明に残っている。  透き通るような頬も、果実色の唇も。  俺を呼ぶ声も。 「……ごめ……」  それ以上動こうとしない手を引っ込めようとした時 「匠海」 あの人とよく似た、低く甘い響きの声が言った。 「嫌いになったかい?とは聞いたけれど、どちらにしても、僕は一度きみが口にしたことを撤回させるつもりは無いよ」 「……え……?」  するりと奏人さんの腕が首に絡みついたと思うと、ぐいと頭を引き寄せられて、唇に柔らかい感触が重なった。  力は強いけれど、そっと重ねて俺の唇を食む仕草は繊細で、ぞくっと体に痺れが走る。  瞼を形よく縁取る睫毛を不思議な気持ちで見つめていると、唇が離れて、ゆっくりと瞼が開く。 「……もう一度言ってくれないか。きみの好きな人は?匠海」
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

136人が本棚に入れています
本棚に追加