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ぐつぐつと鍋の煮える音が部屋に響く。
「……怒って……ます?」
「別に」
そう口では言うけれど、鍋から上がる湯気の向こう側に居る奏人さんは、そっぽ向いて胡坐をかいて、ちびちびと日本酒を傾けていて、見るからに機嫌を損ねた顔をしていた。
「……あの……お代わり食っていいですか」
取ってくれと言ったわけじゃなく、許可を求めただけなんだけど、彼は無言で手を出して俺のお椀を受け取ると適当に具をよそっていく。
「はい、どうぞ。もうそんなに無いから残りは雑炊にしようか」
「……面倒じゃなかったらお願いします」
立ち上がって飯と卵を取りに行く背中は、正直うちの母の機嫌の悪い時そっくりだと思った。
親なら、触らぬ神に祟りなしでほっとけばいいけど、こっちはそうもいかず、心の中で俺は大きな溜息をついた。
あの日以来、時々こうして来ては飯食ったり、予定の合う時は泊まったりしている。
今日は土曜日で、バイト帰りで時間は遅いけど明日はどちらも予定がないから泊まりに来させてもらったら、鍋作って待っててくれて。
奏人さんは相変わらず食は細いから付き合い程度に食べるだけで、それでも俺が食うのを満足そうに眺めながら酒を飲んでいて。
そんなに会話はなくても、幸せな気持ちで俺は夕飯にありついていたのだが。
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