136人が本棚に入れています
本棚に追加
「はい。まだ桜が残ってるから、ちょっと探してみようかって」
ショックな光景を見たはずなのに、女の子っていうのは切り替えが早いものなんだろうか。
何事もなかったみたいに、にこやかに彼女は話す。
「そうだね。僕もそう思って、今日は歩いて出勤してきたところ」
「そうなんですね。春でお天気もいいとちょっとした距離でも歩けちゃいますよね」
「本当だね」
この人のこういう微笑みが俺は怖い。
俺があの時、喧嘩売るように話しかけた時でさえ柔らかい表情を崩さず、そのくせ首元に刃を突き付けられるような威圧感を覚えた。
今はそんな裏は無さそうだけど、でもこれくらいの年齢の男だったら普通兄貴風吹かして、デートかなんて冷やかしてきそうなところがこの人には全く無い。
ただ、微笑ましそうに。
祝福するように。
そう。
鳴瀬に関わらない限りは。
「今年は卒論やいろいろ大変だろうけど、頑張って」
「ありがとうございます。葛城さんも」
「ありがとう。それじゃ、失礼」
すれ違うと、男のくせにふわりと花みたいな香りがした。
知ってる気がするけど、何の香りだろう……。
「あ、葛城さん」
彼女が声をあげた。
「肩に、花びらついてますよ」
「え?」
「これ……」
スーツの肩に伸ばそうとした彼女の手を先回りして、俺はそれを取って彼に見せた。
最初のコメントを投稿しよう!