エピローグ・春 終

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エピローグ・春 終

「失礼しまー……って、あんただけか」 「職場でそれはやめてくれるかい」  他に誰も居ない研究室の席で奏人さんは苦笑いを浮かべる。  正面の窓は開け放されていて、通る風はなんとなく春の匂いがして屋内でも気持ちがいい。 「……スイマセン。教授(先生)は?」 「学長のところに行くって言ってたから、もうすぐ帰るんじゃないかな。何か用だった?」 「うん。卒論の質問にちょっと」 「なら、僕じゃ役に立たないね。時間があるなら少し待っていればいい。……そうだ。きみ、桜餅は食べるかい?」 と奏人さんは傍らに置いてあった包みを取る。 「食うけど、いいの?誰かの貰いもんとか?」 「僕が買って来たんだよ。今日は他に行く用があって遅い出勤だったから、皆の差し入れに」  奏人さんは、花びらの透かしが入った懐紙に載せて桜餅を差し出す。  懐紙なんて家では見たことなくて、この人がちょっとした時に使うので初めて知ったけれど、それだけでずいぶん物の印象が変わるし、そういうところがこの人だと思う。 「……ありがと」  隣の空いてる席に座って一口かじると桜の葉の香りが鼻に抜ける。 「美味い」 「それは良かった」 「俺、あのつぶつぶした方が好きだけど、これも美味い」 「ああ、道明寺か。じゃあ、今度はそっちを買って来ようか」  微笑んで、思い出したように奏人さんは言った。 「そういえば、来る途中で小山君たちに会ったよ。遅いお花見デートの途中だったようで」 「ああ。うん。最近は学校でも普通に一緒に居るし。良かったんじゃねーの」  最後のかけらを口に放り込んで懐紙で手を拭いていると 「少し、羨ましいね」 ぽつりと、奏人さんが言った。
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