133人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
「ん?」
「何でもない」
ノートパソコンの画面に彼は視線を向ける。
この人は、俺より大人だけど、そうじゃないところもある、というのはもう嫌になるほど知ってる。
「……でも、俺はこういうのも嬉しいけど。みんなが知らないところで、俺特別扱いしてもらってる、みたいな」
使い終わった懐紙を畳んでいると、奏人さんが手を出した。
「ありがと」
懐紙を捨てて、奏人さんは呟く。
「分かってるけどね。それも悪くないけれど。人が桜を愛でるのには誰もおかしな顔はしないだろうに、とね」
「……でも、奏人さんは独り占めしたい方だろ?」
むっ、とする恋人に俺は言った。
「また、休みの日にでも、どっか行こう。ただの散歩でもいいし、飯食いに行くんでもいいし」
バイト先の書店から、卒業したら社員にならないかと声を掛けてもらった。
ちゃんと就職して独り立ちできたら、この人と一緒に住んで、いつか同じ家から出かけてまた帰って来る、そういう生活が送れるようになりたいと考えているけど、まだ本人には伝えていない。
今言っても、ただの学生の浮かれた夢みたいに思われそうだから、もう少し説得力が出てきたら話そうと思っている。
「……んじゃ、次の授業あるから一回帰る。また来るよ。桜餅ごちそうさま」
「ああ」
ちらりと俺の方を見て画面に目を戻した奏人さんは、少し寂しそうに見えた。
「……あのさあ」
「ん?」
歩み寄って耳元に囁くと、奏人さんはくすぐったそうに笑って言った。
「知っているよ」
『きみの好きな人』了
最初のコメントを投稿しよう!