過ぎ去った時間

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 チャイムの音がスピーカーから響いてくる。  Xの瞼が開かれて、ディスプレイに映し出されたのはまず、うっすらと白く汚れた黒板だった。そして一拍を置いて、そこが、いくつもの机が並べられた空間であることを理解する。  ――教室、だ。  教室の片側いっぱいを占める窓からは赤みを帯びた太陽の光が射しこんでいて、今が放課後の時刻であることを告げている。あちこちから、さよならを告げる声が聞こえてきて、一人、また一人と、高校生くらいとみられる制服を纏った生徒たちが教室を立ち去っていく。  そんな只中に、Xは立っていた。誰に見咎められることもなく。  自分の姿を見下ろしてみれば、普段のラフな服装ではなく、いつの間にか周りの生徒たちと同じブレザーを着ているようだった。もしかすると、服装を含めた姿が、この『異界』に合わせたものに変わっているのかもしれなかった。そのような例も皆無ではないことはこれまでの『異界』への『潜航』で明らかになっている。  それにしても、この、当たり前の学校の教室に見える場所も、またひとつの『異界』なのか。Xもこの状況には戸惑っているように見え、きょろきょろと落ち着きない様子で辺りを見渡している。  ただ、どうあれ自分の目で『異界』を確かめるしかないのだ。Xもまたそれに気付いたのだろう、視点を教室の扉に定めた――ところで、不意に声が飛び込んでくる。
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