しげしの道 C. ぼくらのアイドル

4/8
前へ
/8ページ
次へ
 4 . 違うんだよの先輩  当然、教師たちは、ストをやめて、授業に出るよう説得に来た。  だが、彼らは、  「 人間にとって一番大事なことは、何だとお思いですか?  なぜ、それを今まで先生は、教えてくださらなかったんですか?  その一番大事なことと、先生の数学の授業はどう関わるんですか?」  などと先輩たちに問いつめられ、だんだん、姿を現さなくなった。  もちろん、口のうまい教師は、それなりに答えることはできた。  が、いかにも口先だけ、その場しのぎの答えという感じなのだ。  「 何も考えず生きてきた。  何も考えず高校、大学へ行き、教師になっていた。  あの時、君たちに問い詰められ、初めて、それがわかった。」  2年後の卒業式の日。  涙ぐみながら、そう告白した担任を、今でも、ぼくは、思い出す。  だが、学校側には、「 最終兵器 」が存在した。  誰が名付けたのか、「 ソクラテス 」。  その教師は、語りに、不思議な説得力があった。  「ストは、困難な現実からの、逃避に過ぎない。  逃避からは、何も生まれてこない。  今、君たちに必要なものは、ただ一つ。  自己・社会変革を可能にする、科学的認識だ。  君たちだけで、何百時間討論しても、手に入れるのは不可能。  授業によってのみ、それは、得ることができる。  授業は、人類の歴史・文化遺産の継承でもある。  授業なくして自分・社会の変革なし !」   ソクラテスは、熱く生徒たちを説得した。  教師の発言に、初めて、拍手が起こった。  「 伝説のバトル 」は、こうして始まった。  延々1時間にわたる、壮絶なる闘い。  ソクラテスと自己否定の先輩の、大激論。   両者の発言ごとに、どよめき、そして、大拍手が。  ぼく的に言えば、決定的だったのは「 たとえ話力」の差か。  自己否定の先輩のたとえ話は、とても、解りにくい。  が、ソクラテスのたとえ話は、とても解りやすいのだ。  「ナルホド!」と思わせる「 味 」すらあった。  とうとう、あの自己否定の先輩が、沈黙。  自己否定の先輩の不敗神話が、今まさに、崩壊か!?  「 何かが違う。  ソクラテスの論理・たとえ話は、完璧。  だが、何かが違う。」  ぼくには、そんな気が。  何かが、何かが違うのだ。  もどかしかった。  悔しかった。  その時、一人の先輩が、中央スタンドマイクへ。  彼は、両手で、マイクを、握りしめ、  「 違う、違うんだよ!」  そう叫び、そのまま、泣き崩れてしまったのだ。  熱くなった。  胸が。  真っ直ぐに、伝わってきた。  彼の思いが。  「 そうだ、違う、違うぞ!」  後ろの方で、誰かが、叫んだ。  「 違う、違うんだよ!」  ぼくも、思わず、叫んでしまった。  自己否定の先輩が駆け寄り、泣き崩れた先輩を抱き起こす。  ものすごい、大拍手。  体育館が壊れるかと思うような。  だが、「 何がどう違うのか 」、結局、誰も説明できなかった。  「 いいんだ、『 科学的認識 』なんか、クソ食らえ!   おれたちは、ハートで考えるんだ! 」  ぼくや友人たちは、そんな負け惜しみを、言い合った。  その日、ぼくらは、『 若者たち 』を、大声で歌いながら帰った。  「 君の行く道は 果てしなく遠い 」とかいう、あの歌である。  みなで、商店街ど真ん中を通過、今思えば、恥ずかし過ぎだが。  その先輩は、当然、ぼくらの、アイドルになった。  名付けて、「 違うんだよ!」の先輩 。  「 違う、違うんだよ!」  この言葉は、ぼくらの「 終わりなき流行語 」となった。  「 次、数学だっけ?」  「 違う、違うんだよ、英語だよ!」  とかの、ショーモナイ使い方が、ほとんどなのだが。  もちろん、泣き崩れる演技付きなのが、絶対のお約束。 ( 5. 卑怯よの先輩 に続く ) adb4c119-5269-4fa1-906a-e58798f1e364
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加