しげしの道 C. ぼくらのアイドル

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 6. 叫び声の先輩   謎と伝説に満ちた先輩。  ぼくらが入学当初、学校にいなかった。  東京で無届デモに参加、逮捕され、留置所にいたとか。  留年していた。  卒業試験を、全科目白紙で提出したとか。  理由を、担任に、問われ、  「 まだ、この学校を、去れませんから 」  ぼくが2年になる時、卒業して、W大に進学。  「 受けるだけでいい、T大も受けてくれ 」  そう頼んだ担任に対し( T大合格者を出すと、担任の手柄になる?)  「 すいません、W大に、尊敬する教授がいるので 」  これらすべて、本人にではなく、噂で聞いた話なのだが。  最後の桜舞う、強風の日、早朝。  先輩は、突然、校門前に、現れた。  「 おはよう !」   と、一人一人に、声をかけて。  なぜか、楽しそうに、ビラを配る先輩の姿。  今も、思い浮かぶ。  ビラは、先輩の 、「 個人新聞 」。  内容は、デモで逮捕された時の体験談など。  黙秘権を行使、刑事に蹴りを入れられた話とか。  内容とミスマッチ?  ユーモアあふれる、不思議な文体。  見事な心理描写、目から鱗の、明快解説。  すぐに、ぼくは、「 ファン 」になった。  先輩は、毎週、月曜日に個人新聞を配り続けた。  いやだった月曜日が、待ち遠しくなったほど。  先輩は、生徒集会には、必ず出席していた。  が、なぜか、全く発言しなかった。  当然最年長だが、いつも、生徒会執行部の雑用を手伝っていた。  マイク設置、プリント配布、後片付け …… 等々。  ある日、帰りに、体育館前を、通った時のこと。  中で、なにやら、もめる声が。  そのなかに、「 ひょっとしたら 」と思う声があり、中をのぞいた。  なんと、「 ぼくらのアイドル 」たちが、勢揃い。  胸が、ときめいた。    自己否定の先輩、違うんだよの先輩、卑怯よの先輩 !  そして、あの、個人新聞を配っている先輩までもが。  生徒会行事で使い、体育館に並べたイス。  「 明日、学校行事に使うので、そのままでよい 」との約束。  が、解散後、急に、「 片づけろ」と、教師たちが言ってきたよう。  「 とにかく、みんな、先に、実行委員会に行けよ 」  と、個人新聞の先輩が。  「 後でぼくらが片付けるので、先輩は帰って受験勉強を 」  他の先輩たちは、そんなことを言い、会議室に走り去った。  個人新聞の先輩は、なぜか、柔軟運動を始めた。  その後、ナント、一人で、イスを片付け始めたのだ。  イスは、全校生徒と職員分、当時、1000以上あった。  床には、重くて一人では運べない、シートも敷いてある。  ぼくは、見ておれず、入って、手伝い始めた。  「 オオ、ありがとう、無理するなよ 」  「 はい 」  「 先輩こそ、受験があるのに、無理しないでください 」  ぼくは、そう、心の中で。  体育館のイス等の、かたづけ作業。  通常は、2クラスの生徒全員が、1時間でする作業だった。  2人だと、45時間以上かかる計算になる。(当時は1クラス45人)  知ってる連中を、かき集めてくるしかない、それはわかっていた。  が、ぼくは、もう少し先輩と2人きりで、いたかったのだ。   フト見回すと、いつのまにか、数人の生徒が。  やがて、バレー部やバスケ部の連中も、かけつけてきた。  イスとシートが、瞬く間に、片付いていった。  全てが終わった後、先輩が、ぼくの方へ。  「 ありがとう 」  笑顔で、握手の手を、差し伸べてくれた。  うれしかった。  メチャクチャ、うれしかった。  握手した手を、ぼくは、何日も洗わなかった。  なんてことは、してないので、ご心配なく。 ( 7. 人間としての叫び声 に続く )
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