最愛の人のお迎え

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最愛の人のお迎え

 俺は、家で横になるようになってから、食欲も無くなり、徐々に体重が落ちていき、体力も落ちたので、ひとりでベッドから起き上がるのもしんどくなってきた。  そういえば、ぽっちゃりだった母ちゃんも最後は、骨が浮き出て、ガリガリになってしまったのを思い出した。  姉ちゃんは、だいぶ前から勤めていた会社を休職してくれて、俺の世話を焼いてくれた。俺が言う我が儘も、文句ひとつ言わずに聞いてくれた。この先、姉ちゃんには、絶対幸せになって欲しいと心から願った。  親父も仕事から帰ってくると必ず、俺に声をかけてくれるようになった。親父も母ちゃんの時と俺の時といい、相当に辛い思いをしていると思う。親不孝かもしれないが、俺の最後に親父がいた事は、本当に心強かった。  とうとう意識が混濁するようになってきた。そして、夢なのかわからないが、昔の事を良く思い出すようになった。家族との、いち場面や母ちゃんとのやりとりなど、頭の中に動画が流れた。  これは小学生の頃だったと思う、友達とケンカして、友達を突き飛ばしたら、頭を打って血を流した事があった。その夜、その子の家へ母ちゃんと一緒に謝りに行った。その場で、母ちゃんにすごく怒られたが、家に帰ったら、泣きながら抱きしめてくれた。  中学生になると急に母ちゃんが、照れ臭い存在になり、横柄な言葉づかいになったのを思い出した。親父にはそこまで言わなかったが、母ちゃんには、ひどい言葉を言ったような気がする。それでも変わらない母ちゃんだった。  だんだんと俺のベッドの周りが、いろんな人が来てくれて、騒がしくなった。ほとんど、誰だかわからなくなっていたが、その度に姉ちゃんは泣いていた。その中には、弘美ちゃんや広樹も来てくれたんだろうと思う。  唯一、誰だかわかったのが、子犬の頃から知ってる近所の犬のポチだった。なぜ、ここに連れて来られたのか、わからなかったが、寂しそうにくうーん、くうーんと泣いていた。犬でもわかるのだろうか?  そしてある日、俺はすごく眠くなった。親父と姉ちゃんが慌てて、どこかに電話をしていた。しばらくすると白い服を着た人がやって来た。  その人は、俺のTシャツをまくり、ひんやりとした物を心臓辺りに当てて、その後、俺の目に懐中電灯のような物で照らした。それで、俺は命が尽きたのだと知った。  それと同時に身体が軽くなり、宙に浮くとゆっくり、ゆっくりと上に登って行く、天井も透明になり、下を見ると俺が寝ているベットの周りで、親父と姉ちゃんが泣いている。それが、3度目の親父の泣いた顔を見た時だった。  下を見るともう俺の家は、豆粒のようになり、見えなくなった。横になり目をつぶると安らかな気持ちになり、また目を開けるとそこには、懐かしい顔が手を広げて笑顔で、お迎えに来てくれた。  俺は自然と涙が溢れてきて、10年前に母ちゃんが亡くなってから今まで我慢していた事が、言葉となって溢れだし叫んでいた。 『母ちゃん、もう一度、会いたかった…』  そこで、俺はわかった、命の残りを知りたかったのは、なぜか、最愛の人に会えるまでの時間だったからだ。  母ちゃんは、何も言わずに俺を子供の時のように抱きしめて、天国に連れて行ってくれた。                    完
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