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 午前中はすっきり晴れ渡っていたのに午後になったら灰色の雲が寝苦しい日の綿布団のように立ち込め始めた。紫陽花やカタツムリは嬉しいだろうが、生温かい空気と湿度で休日が重く感じる。それでなくても今日はお母さんの誕生日だ。先日会ったときは花瓶が欲しいと言っていた。誕生日に友達からもらう花を西洋風の豪華な花瓶に活けたいらしい。僕は二十四歳でまだ安月給だ。それに一人暮らしをしているので自分のものを買うだけで精一杯だ。お母さんが僕の誕生日に何かプレゼントをくれるならいいが、中学生にあがってから何か貰ったことがない。いや、無いわけではない。新しい妹はプレゼントして貰った。お父さんが連れて来た赤ちゃんだ。僕と血の繋がりはまったくなくて、勿論お母さんも違うがとても他人とは思えなかった。僕がミルクをあげて寝かしつけた。大きくなった今でも目がくりくりとしていてビューラーでも使ったようなまつ毛だ。例えば小さな分度器でしっかり四十五度を計れるような形をしている。今は十二歳だ。  妹の名は美智乃(みちの)という。新しいお父さんが権田(ごんだ)というので権田美智乃。古風な感じだが、それに反してフランス人形のように美しい。
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