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台風の後、犬は何処かへ消えていた。それは15才の夏の事だった。
「風、強かったからな」
すっかり綺麗になった庭を見て、父はボソリとそう言った。そして、そそくさと居間へ消えてゆく。流れ出すワイドショーの雑音がしたたかに日常を運び込む。
頭上を雲が、ゆったりと風に流される。町は名残惜しそうな晩夏の日差しを、一心に浴びて横たわる。何一つ、いつもと変わらない。
けれども僕の犬だけが、そこからぽっかりと消えていた。まるで庭に
は、最初から犬なんていなかったみたいに見える。けれども犬は、確かにそこに居た。名前のない、ただ犬とだけ呼ばれた彼は、間違いなくそこで生きていた。
僕は爪の先を見る。昨日から多少伸びたであろうその爪は、明日にも少し伸てるだろう。そのことが、僕を捉えて離さない。爪はやがて切られるだろう。そして、最初から無かったかのように、根元を残して消えるのだ。僕はもう一度顔を上げ、庭にチラリと目をやった。そこには何も残っていない。
ふと、奈々未のことを思い出す。彼女も思えばそうだった。いつの間にか、煙のように消えていた。けれども、血の繋がらない連れ子など誰も探しはしなかった。
みんな、僕をおいて消えてゆく。今ではもう、本当に彼/彼女がここに居たのかだって、僕は確証を得られない。
静かにかぶりを振ってから、自分の部屋へと引き返す。
部屋の扉を押し開ける。そこでコルクボードに下げてある「鉛筆」と僕の目があった。「鉛筆」は言う。奈々未は確かに、ここに居た。ベッドに体を放り投げ、ゆっくりとまぶたを閉じてみる。そうして「鉛筆」の声に耳を向け、静かに過去へと沈んでいった。
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