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A棟105号室
土曜日、夜10時。
「高級車に対するイメージがステレオタイプ過ぎるのよね。地上げ屋じゃあるまいし。」
趣味の良さをひけらかすのは、君の悪いクセだ。
「だいたい、うちは5人家族よ。2人乗りの車なんて何の役にも立たないでしょう。」
夢を見たっていいじゃないか。
「いつまでここに住む気なの?公務員官舎なんて名ばかりの、この昭和レジデンスに、住み続けるつもり?」
地方とはいえ、ここの家賃は破格なんだぞ。誰のおかげだと思ってるんだ。
「貯金しなきゃいけないって、あなたも分かっているでしょう。ハイオクガソリンなんか入れないでよ。レギュラーだろうが灯油だろうが、何か入れれば走るでしょう。」
むちゃくちゃだよ。
早々と布団に入ったが、頭の中で妻の愚痴が、こだまする。
正確には愚痴ではなく、俺への非難だ。
この部屋のカーテンを開けばすぐそこに、共用駐車場に、愛車が停まっている。
まだ買って間もないが、新車ではない。
疲れた。
何のために働いて、何のために家族を養っているんだろう。
寝返りを打つ。
妻は子どもたちと寝ている。子どもたちはとっくに寝ている。
妻は寝かしつけが上手い。
俺にはとても出来ない。
13回目の寝返りの途中。
けたたましいブザー音とクラクションの音で、俺は跳ね起きた。
見ると、薄っぺらなカーテン越しに、光が激しく明滅していた。
車のヘッドライトとテールライト。
思考力を奪うような大音量と光。
幻惑されそうだ。
そういえば、車に盗難防止装置を付けたんだった、と俺は思い出した。
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