(立ち読み版)暗闇を晴らした先の虹

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 暗黒時代だった人生に、ようやく夜明けの時が来たと本気で思っていた。  土砂降りの下で信号待ちをする私の目の前を、トラックが走り抜けていくまでは。 「──るい! やだ、何その格好!」  ドアを開ける音が聞こえたのだろう。  途方に暮れた顔で玄関に突っ立っていたら、キッチンから顔を覗かせた母にひどく驚かれた。 「うるさいなあ。こんな雨降りン中、スピード出して突っ走ってる車の方が悪いんだっての」  壁に手を付いて体を支え、泥水で艶の鈍った革のヒールを脱いで逆さに振る。  ぱらぱらと落ちてきた大粒の砂利を見て、家に戻る間ずっと感じていた小さな痛みに納得する。外も中もじゅぶじゅぶで、今日一日はもう履けないだろう。  スカートの裾を絞る私の頭上に、そんな短いの着ていくからよと母の溜息が降ってきた。 「だから母さんの長いレインコート着ていきなさいって言ったのに」 「嫌よ。あんなシミの付いた古っぽい合羽なんか着て面接行ったら、笑われるじゃない」  値段で妥協しないで、少しくらい無理しても丈の長いやつを買えばよかった。今更しても遅いとはいえ、後悔せずにはいられない。 「まだ面接が終わったわけじゃないでしょ。連絡して、事情を話してみたらどう」 「電話したよ! 反故にされたの! 訳も話したけど信じてもらえなかったから帰ってきたの」  鼻で笑い飛ばす声を携帯越しに聞き取った辺りから、実はあまり記憶が無い。  大舞台だってのに、とか、やる気が無いようなら、とか──そんな感じの言葉を相手方は喋っていたような覚えはあるけど、何せ当時の私は絶賛絶望中で腹を立てる気力さえなかった。  この日の為に用意したスーツ一式は、いよいよ晴れ舞台に立つというところで新品から汚れ物へとあっという間に転落したことになる。  まるで私そのもの、お揃いだ。 「なら、いっそ会場まで行ってみるとか。その格好を見せれば流石に信じてくれるんじゃない?」  まだ諦めるには早いと思うわ、という言葉は恐らく母の性格上、純度100%の励ましだろう。頭ではしっかり理解しているが、しかし今の私の心には人を思いやれるだけの余裕がない。それじゃあただの恥曝しなんだってば、とつい声を強めてしまう。 「お情けで面接してもらって、恥ずかしいのを我慢して自己PRしたところで、不採用の通知が届くのがオチなの」 「──じゃ、どうするっていうの」
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