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「あれ? 開かなーい。ママ、まだ来てないの?」  出勤してきたウズメ(鈿女)は、ピンクのリップグロスを塗りたくった唇をへの字に曲げた。  商店街のはずれにあるゲイバー『天の岩戸(あまのいわと)』。その正面入り口のドアに鍵がかかっていた。  ドアの曇りガラス越しに、店の中が真っ暗なのがわかる。看板の電気も消えていた。 「痛ったぁい!」  ウズメの肘が、店の前に放置されていたピンクの自転車にぶつかった。 「まただ! ここに停めないでって、いつも言ってるのにー」  言い方は丁寧だがドスのきいた声が響き、イライラと車輪を蹴った。でもなんとなく見覚えがある自転車だ。誰の物だったかウズメには思い出せないのだが……。 「あらウズメちゃん。何してるの?」  声をかけてきたのは、天の岩戸のママのカネミ(兼実)だった。真っ赤なドレスに身を包み、太った体を揺らしながら出勤してきた。 「ママ、今日は遅いよー早く鍵を開けて!」  イライラしているウズメを見て、カネミの鼻がひくひくが動いた。トラブルのにおいを感じた時の癖だった。 「仕方ないじゃない。あたしだって忙しいんだから……あれ、鍵がないわ?」 「ウソ!」 「そういえば、昨日の帰りに早番の誰かに渡したような……うーん、深酒したから思い出せないね」 「しっかりしてよーお店に入れないじゃん!」
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