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1.
「あれ? 開かなーい。ママ、まだ来てないの?」
出勤してきたウズメは、ピンクのリップグロスを塗りたくった唇をへの字に曲げた。
商店街のはずれにあるゲイバー『天の岩戸』。その正面入り口のドアに鍵がかかっていた。
ドアの曇りガラス越しに、店の中が真っ暗なのがわかる。看板の電気も消えていた。
「痛ったぁい!」
ウズメの肘が、店の前に放置されていたピンクの自転車にぶつかった。
「まただ! ここに停めないでって、いつも言ってるのにー」
言い方は丁寧だがドスのきいた声が響き、イライラと車輪を蹴った。でもなんとなく見覚えがある自転車だ。誰の物だったかウズメには思い出せないのだが……。
「あらウズメちゃん。何してるの?」
声をかけてきたのは、天の岩戸のママのカネミだった。真っ赤なドレスに身を包み、太った体を揺らしながら出勤してきた。
「ママ、今日は遅いよー早く鍵を開けて!」
イライラしているウズメを見て、カネミの鼻がひくひくが動いた。トラブルのにおいを感じた時の癖だった。
「仕方ないじゃない。あたしだって忙しいんだから……あれ、鍵がないわ?」
「ウソ!」
「そういえば、昨日の帰りに早番の誰かに渡したような……うーん、深酒したから思い出せないね」
「しっかりしてよーお店に入れないじゃん!」
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