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デイヴィッドは、自分以外にここに来る者はいない、と思って足を踏み入れたその場所に、先客がいるのに気が付いてがっかりした。さっき道路脇の木のそばにバイクを止めたとき、少し離れた砂利道に車が1台見えた。きっとあれに乗ってきた人に違いない。
けれどいまさら、星など見えない一晩中賑やかな街に引き返す気はないし、他の場所をさがしているうちに「例のこと」は始まってしまうかもしれない。
あきらめて、懐中電灯がわりにスマホで足元を照らしながら、遠くの街の灯りを背景に、人影がひとつぼんやりと浮かんでいる丘の上へ向かって歩き出した。
歩きながら、デイヴィッドはふと心配になった。
ヤバい関係の人だろうか。
デイヴィッドが住む西海岸のその街は、暖かく過ごしやすく、昔と比べて治安もだいぶいいが、そもそも、その基準の『昔』がかなりひどかったから、今でもまるっきり安全な街というわけではない。
いや、とデイヴィッドは思い直した。
11月の午前3時。こんな冬の初めの明け方近くに、わざわざ丘のてっぺんの草地でヤバい何かを取引するとも思えない。きっと暗いところで、「例のこと」を見に来たお仲間だろう。そう自分に言い聞かせて、その相手を驚かせないように、ゆっくり近づきながら声をかけた。
「こんばんは。星を見に。あなたも、ですか」
いきなり声をかけられたせいか、それとも他に何か理由があったのか、地べたに座っていたその人影が、びくりと動いた。
「あ、すみません、驚かせて。隣、いいですか」
人影が答えた。「いや……ああ……だいじょうぶ」
もし、暗闇でなかったら、そう答えた男の顔がひどく狼狽していたことにデイヴィッドは気づいたかもしれない。けれど、彼の足元を照らすスマホの明かりの他には、眼下の街の灯りがちらちらと動き、その街の明るさに負けを認めない星たちが頭上でまたたいている以外、光はなかった。
デイヴィッドは人影から4人分ほど離れたところの地面に座って、足を延ばした。
「デイヴィッド・ファーレイです」
ためらいの沈黙のあと、低い声がした。「ウォルター。ウォルター・エヴァンス」
デイヴィッドはその名前に聞き覚えがあった。確かめたくなった彼は、不躾だとは思ったが、さりげなくスマホを開き、その明かりで隣に座る中年の男の顔を盗み見た。
マスクをしていないその顔は、確かにデイヴィッドの記憶に残っていた。彼は屈託なく言った。
「3年前、あなたの会社でインターンシップを。すごく勉強になりました。楽しかったです」
大きなため息が聞こえた。「それは何より」
デイヴィッドは自分の記憶力がなかなかだったのに嬉しくなって、明るい声で続けた。
「今はUPSのドライバーを。そちらの会社も受けたかったんですけど、そのとき空きがなくて」
また低く沈んだ声がした。
「それで正解だ。こっちに来てたら、大変な目に遭ってた」
「どういうことですか」
ウォルターの声に自嘲的な笑いが混じった。「ググってみたら」
デイヴィッドはスマホを再び開いた。
検索結果がずらりと並んだ中、ウォルターのささやかな航空部品製造会社名の下に、不穏な文字が浮かび上がる。
『新型コロナウイルスの影響で…業績が大幅に悪化…資金繰りに…』
「ああ……すみません……」
「謝ることじゃない」
スマホの明かりに、口を歪めて首をすくめたウォルターがぼうっと見えて、デイヴィッドは慌てて話題を変えた。
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