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窓の外を眺めていた。
空模様は変わらずの半々といった曇り空。
それは快晴と暗雲を丁度割るかのような異様な空模様だった。
遠くから海猫の声と、潮の香りがしている。
実に清々しい一日を過ぎて。そんな言葉が似合うような日が続いていた。背伸びをしたくなるような心意気を押さえながら、退屈そうに欠伸を交えて、変わらない日を満喫していた。
日常が崩れるのは一瞬の事だ。
だが、この町に生きる者はそれが常である事を知っている。
例えば、僕らがこうして過ごすこの一瞬でさえ。
それが、当たり前で無くなる事が……決して当たり前ではない。
この街では、日常は当てにならない。
「……以上、ホームルームを終了する」
中年の彼がそう言葉を終えると、一番に飛び出す者を筆頭に騒がしさを取り戻した。喧騒と談笑を含めた其れには、ひときわ目立つ物達が身を潜めている。
それはその細腕たちに似合わぬ銃器であり、刃物類を携える女子高生もチラホラと見える。喫茶店の話で盛り上がる姿は年相応で、学校というには物々しい雰囲気をその装備が醸し出す。中には長物を携えている者もいる。
それは身を守る武器であり。
それは混沌とした世界で生き残る術であり。
それはこの町で生きていくための方法だ。
異界同士で繋がったこの街では、混沌に対しての武力行使が個人レベルで認証されている。常に何が起こるか分からないこの場所において、無力である事は悪であると教えられている。
すべての人が平等に力を持つ。それは子供の頃から教わる事だ。
それは、年相応の洋服店やスイーツの話で埋もれているような”彼女等”でさえ例外ではない。
渡部詩奈(わたべしいな)もその一人だ。
愛用の短剣とコルトガバメントをぶら下げながら、無邪気な表情を変える事は無い。外気温が十五度を下回る事は無いとはいえ、この街では何が起きるか分からない。
その為、みな少しばかり厚着をするのが常なのだが、この男はいつも半袖短パン腰のホルダーといった常夏スタイルに、短刀とガバメントをぶら下げている。
「ンでね?駅前に、ナウで、ヤングで、パリピーなミリタリーショップが出来たらしいんだよ。なんと、弾薬のサービス付きで定価の一割安いんだって。お買い得だし、実際、学生に人気らしいよ?
それに、軍用のモノを横流ししているって噂もあるんだよ。アオ。ちょっと行ってみて確かめてみない?」
彼が手に持つチラシには、確かにそのような事が雑貨店の様に大々的に書かれている。
軍隊でもあるまいし、そんなものは過剰装備だ。それに、僕のコルトガバメントだって現役なのだから。新しいハンドガンを買う理由もない。白銀の相棒に手を当てながら、僕は駄目だと呟いた。
よって私は趣味を満喫したかったのだが、詩奈はそれを曲げる事は無い。
昨今は銃弾価格の値上げで財布が厳しい。新しいガンショップが比較的安く、それでいて鈍らではない弾丸を売ってくれるとは限らないし。そんな物よりも趣味につぎ込みたいのが多くを占める心情なのだが……。
まあ、それを言っても聞かぬのだろう。
「今月、バイト代ないから……」
学生としては、バイトをしていない今、多大な出費は生命線に他ならない。その使い道は自身の有益なモノであることが前提条件だ。そして僕の趣味は紛れも無い二次元に関するもので、確かに銃とかに興味はあるのは認めるけど、それは生きる為の必要最低限を超える事は無い。
「アニメグッズ買えるんだったらあるでしょ、お金。……行こうよ。一人じゃ寂しいんだよ」
「今日中に、新巻を買いに行かねばならぬのだぁ」
片腕を引っ張られながらも、抗議の声を止める事は無い。
「んじゃ、アニメイト行った帰りで行けるね?おっけー」
「ノットオッケーです。ってか、あそこら辺の治安悪いじゃん。行きたくない」
裏表無い人間というのは、彼の為にあるのだろう。
そう思わせるほどに嫌みを全く含まず、純粋という言葉に従いながら彼は先を行く。裏も表も含むこの町でその輝きは眩し過ぎるほどに輝いていて、それは友人としての一番の自慢に他ならない。
そんな彼が向かおうとする駅前は、人口密集地の極たる場所であり、ゴタゴタに巻き込まれる可能性がとにかく高い場所だ。
治安が悪いというのはそういう意味だ。ヤクザやその他組織の抗争。狂人の暇つぶし。神様からの理不尽な天罰。そんなものが頻発して起こるこの町で、用心を重ねる事は常日頃の当たり前。
その上で死地に飛び込むのは以ての外だ。
それでも人は町を作り、街を回す。
その上で、巡り巡る変化も当たり前になって行く。
「これは確定事項なんだよ。んじゃ、お荷物纏めていきましょう!」
確定事項だと言い直し、そして腕を取る。
純粋無垢な彼でさえ、腰にぶら下げている短刀が例外である訳ではない。身を守るためのモノを持ち歩き、決して無垢である事を弱みにしない。僕らはだからこそ生き続けている。自分自身を守る為に、化け物を、自分以外の誰かを、何かを殺しながら生きている。
その事実はいつも僕を蝕む。
だけども、生きなければならない。
僕達は、例外なく殺している。
その事実が変わる事はない。
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