第1話 踊らない心

5/9
前へ
/160ページ
次へ
「何?」  耐え切れずに勝悟が訊くと、二人は無意識の内に声を合わせた。 「こっちが訊きたい。どうしてそんなことを思う、の?」  答えないと収まらなそうな二人の様子に、勝悟は億劫に感じながらも自身の気持ちを語り始めた。 「これは俺の気持ちだから分かってもらうのは難しいと思うけど、このまま既定のレールの上を走って行っても先は見えているような気がするんだよな。社会に出ても制約だけが多くなって、エキサイティングとは無縁な人生の予感がする。最初はいいんだ。克服しようと考えることはとても楽しい。でもすぐにワクワクしなくなる。それが繰り返されると、だんだん憂鬱になってしまうんだ」  二人は呆れたような顔をして、改めて勝悟の顔をまじまじと見た。  続けて溜息をつく。  なぜかこういうときの光一と恵里菜の息はぴったり合う。 「やれやれ、俺たちが大学受験すらどうなるか分からなくて悩んでいるときに、なんて呑気な悩みなんだ。天才に生まれるのも考えものだよな」  光一が再び溜息をつく。 「そうよ、東大合格が確実だからと言って、世の中なめすぎじゃない」  恵里菜はだんだん舌鋒が鋭くなる。  二人の強い批判に、やれやれといった顔をして勝悟はぽつんと呟いた。 「気を悪くしたならごめん」  所詮他人にはこの思いは分かりはしない。  自分でも恵まれていると、頭では分かっているつもりだが、気持ちが上がらないことは自分でもどうしようもない。  勝悟の情けない顔を見て言い過ぎたと気づき、ばつの悪い顔で謝罪を口にする二人に対し、いいよいいよと、いいかげんに頷きながら、勝悟はこの話をクローズする。
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

454人が本棚に入れています
本棚に追加